男なんて単純なものよ。そう、先日友人に言われた言葉が頭の中で響いた。目の前の彼は目をぱちぱちさせ、らしくない、見たこともない、間抜けな表情をしている。

 今、図書室にいるのはあたしと先輩だけ。いつもこの時間帯に先輩が見回りに来るのは知っていた。だから、誰もやりたがらないような放課後の図書当番に立候補した。少しでも先輩と接点を作りたくてあたしも必死なのだ。そんな努力も実ったのか、毎日遅くまで一人で仕事をしているあたしのことを先輩は覚えてくれた。そしていつもほんの少しなんでもない話をした後、決まって「気を付けて帰るようにしろ」と言い残して先輩は帰って行く。

 けれど今日は違う。あたしはドアに手を掛けようとした先輩の左手を、遮るように掴んだのだ。顔が尋常ではないほど熱いのを感じながら、そしてまだ手を話さないまま、もう一度同じ言葉を繰り返した。


「好きです、斎藤先輩」


 泣きそうだ。先輩みたいな人にはもう彼女とか、想う相手がいるのかも知れない。けれどあたしは大概諦めが悪い。どうせ失恋するなら、面と向かってふられた方が良い。その方がいくらか諦めもつく。

 予想だにしなかった展開だったのだろう。先輩は普段見せることのない呆気にとられたような、いや、信じられないとでも言いたそうな顔が元に戻らない。ようやく口を開いたかと思えば、「何を…」とぽつりと零すだけ。


「信じられないなら何回でも言います。斎藤先輩、好きなんです」


 どんどんうるさくなって行く心臓。それでも逃げ出すわけにはいかない。先輩の返事を聞くまでは、逃げてはいけないのだ。答えは二つに一つ。それなら早く答えて欲しい。

 西日の差し込む図書室は生温かくて、加えてあたしは緊張していることもあり、顔だけでなく体温自体が上がる。背中を汗が伝う感覚も気持ち悪い。けれど今はそれどころではなく、じっと先輩を見つめていた。すると何を思ったか、先輩は持っていたバインダーもファイルも投げ出して、あたしの体を引き寄せた。バサバサと紙が絨毯の上に散らばる。抱き寄せられた瞬間、その幾つかも踏んでしまった気がするが、先輩はそんなこと気にしちゃいない。今度はあたしが訳が分からず、何度も何度も瞬きを繰り返した。


、もう一回」
「…え?」
「信じられないなら何回でも言ってくれるのだろう?」
「な、た、確かに、言いましたが…っ」


 その様子じゃ信じているでしょう…!

 内心、そう叫ぶ。けれどそんなあたしの思いは届かず、先輩は耳のすぐ近くで「」と呼んで催促する。擽ったくて思わず身を捩るけれど、むしろ動けば動くほど腕の力は強まるばかり。…言わないと、離してくれなさそうだ。


「す、き…です」


 四回目のその言葉はさすがに少し恥ずかしい。しかも、こんなことになっていると言うことは、返事は期待しても良いということなのだろうか。まだ、一言もあたしの告白に対する答えは貰っていないのだけれど。先輩からすれば行動自体が返事なのだろうけれど、あたしだって言葉で聞かせて欲しい。

 恐る恐る先輩の背中に手を回す。するとますます強く抱き締められる。肺が潰れちゃうんじゃないかと心配になったけれど、それよりも先輩に触れられた嬉しさの方が勝って、呼吸なんて忘れてしまいそうだ。そしてそう、呼吸は忘れてしまったとしても、先輩からの返事を聞くことだけは忘れない。「先輩は、どうなんですか」たったそれだけの言葉なのに、声が震えた。すると少し腕の力が弱まって、今度は掬うように両頬を包まれる。真っ直ぐにあたしを見下ろして、待ちかねたその言葉を、至極小さな声で伝えてくれたのだ。













     

「俺もをずっと見ていた」





(2010/5/6 もしかして立ったまま夢でも見ているのかも知れない)