体がだるい。その原因は何かと言えば、まあ、言いにくいんだけども。調子乗りやがって、と心の底で毒づきながら、目の前にある整った寝顔を見つめた。いつもこうやって静かだったら扱いやすいのに、気まぐれだから難しい。構って欲しい時に限ってこの人はいないし、一刻を争うような忙しさの時に限ってやたらとちょっかいをかけて来る。今回だってそうだ。「嫌よ嫌よも良いの内でしょう?」とか何とか言って、上手く丸めこまれてしまった。大体、男女の力の差と言うのを分かっていないんだ、この人は。


(でも、)


 確かにきれいな顔はしているんだよなあ…と悔しくなる。何だかんだであたしはこの人に甘いのかも知れない。この人の頼みを断れたためしがないのだ。いつも土方さんに甘い甘いと言われている近藤さんといい勝負だろう。ただあたしの場合、あたしも随分と甘やかされている気がするのだけれど。だとしたらおあいこだ。

 多分、忙しい時に限ってこの人が邪魔をして来るのは、息抜きをさせるため。仕事仕事で詰まってしまうと、あたしは自分の健康なんて無頓着になってしまう。それこそ寝ずの毎日、なんてことも珍しくない。だから「土方さんなんて放っておけばいいよ」と毎度毎度書類を取り上げられ……あ、なんか段々腹が立って来た。あの時だって、あの時だって、そうやって息抜きをさせられては、結局叱られるのはあたし一人。お陰で副長室呼び出しの常連になってしまっている。ああもう、どれもこれもこの人のせいだ沖田総司!


(あーあ…熟睡中ですか…)


 うっすらと外が明るくなり始めた。そろそろ夜明けも近い。皆が起き始める前にあたしも自分の部屋に戻りたいんだけれど、こうもがっちり掴まれていては抜け出せそうにない。総司を起こさずにこの部屋を出るのは限りなく不可能に近いのだ。しかも起こせば怒られるし、けれどもし誰かに見つかったら恥ずかしくて死ねる。総司が起きるまで待つしかないのだろうか。この人、いつもは結構早く起きるのに、あたしと過ごした後にあたしより早く起きたことがない。…まあ、しっかり休息がとれるのなら別に構わないんだけど、…いや、休息と言うか何というか、むしろあたしは疲れているんだけど。

 下手な起こし方をすると仕返しが怖い。どうしようか、なんて考えながらその髪に手を伸ばす。さらりと流れた髪。…あたしの髪よりきれいな気がする。だめだ、悔しい。何一つ総司には勝てない気がする。悔しいからもう起こしてやろう。できればこの人があっと驚くような起こし方で。いつもあたしばかり驚かされてるんだから、たまには良いよね。

 ゆっくりと顔に近付いて、その頬に唇を軽く押し付ける。と、急にぐいっと引き寄せられたかと思えば、あたしの下に総司がいた。


「朝から積極的だね、ちゃん」
「な…っ!」
「そんなに物足りなかった?」
「違うっ!」


 いつから!起きてたの!

 そう続ければ、「が苛々し始めた時かな」なんて軽く言う。…恐らく土方さんに叱られた時のことを思い出していた時だろうか。結局あたしの方が先に目覚めていたのではないか。いやそんなことはどうでもいい。じゃああたしが起こそうと口づけたのなんてまるで意味がなかったということだ。結構恥ずかしかったと言うのに、笑って済ませる総司が憎い。

 おかしそうに笑ってあたしの髪を撫でる総司の手。ああもう、また余裕なのはこの人だ。あたしはその手を払って、今度は唇を重ねる。一瞬総司は驚いたのかあたしを押しのけようとしたけれど、それに逆らうようにあたしは一層強く口付ける。すると観念したのか、いつもみたいに後頭部に手を回された。


「…まさか君に驚かされる日が来るなんてね」
「でも嫌じゃないんでしょ?」
「悪くはないけど、」


 でも、と言うと一瞬で視界が反転する。気付けば今度はあたしが総司を見上げていた。絶対に何か企んでいるであろう笑みを浮かべてあたしを見下ろす総司。面倒なことになった、と頭の片隅で後悔しつつ、仕掛けたのはあたしだと反省する。それと同時に、もう絶対してやるもんかと誓った。そんなあたしの心境なんて露知らず、あたしの耳元で言葉を繋げた。


「こっちの方が落ち着くんだよね」
「あ、そ…」
は?」
「…あたしもだけど」


 答えて、総司の首に腕を回す。するとおかしそうに小さく笑う声が耳元で聞こえた。「今日は随分甘えたさんだね」て、誰のせいだと思っているんですか。

 やっぱりあたしは総司に弱いんだと思う。結局自室には戻れそうにないな、と溜め息をつきつつ、ゆっくり目を閉じた。














(2010/5/5 部屋を出て来た所を見つかってからかわれるのはまた別の話)