別に、甘さを求めている訳ではない。甘やかして欲しいわけでもないし、べたべたしたい訳でもない。私がそんなことを言えば、沖田は珍しく表情を歪めた。「じゃあ何では一君と一緒にいるの」と。じゃあ聞きたい、何かを求めることが正解なのかと。私の傍に彼がいて、巡察に出向いても無事に帰って来られる、そしてまた同じ時間を過ごせる。これ以上を望めばきっと、私は罰が当たるのではないだろうかとさえ思う。今いる彼が全て。君って意外と薄情だよね、とも言われてしまったが、これは薄情というものなのだろうか。…斎藤君の夜間巡察も終わり、帰って来てようやく落ち着いた所で私が投げかけたのはそんな問いだった。


「…それを俺に聞かれても、どう答えろと言うのだ」
「斎藤君から見て私は薄情?」
「いや、俺はそうは思わないが」


 ただ、少なからず私は沖田の言葉を気にしていた。自覚がなかった分、指摘されれば尚更。こうして欲しい、ああして欲しいという具体的な望みを口にはできなくても、思う相手には良く見られたいと思うのは自然なことだろう。それに、好意を口にしないというわけでもない。逆に好意を口にされてそれを突っ撥ねたり流したりしたこともない。ただその言葉を強請ったりはしないだけだ。けれどそれこそを薄情だと沖田は言う。しかし、だ。恋仲の在り方なんてそれぞれだろう。私たちには私たちの形と言うものがあると思う。…とか言いつつ、沖田の言葉を気にしてしまうのは変な話なのだけれど。


「では聞くが、は俺を薄情だと思うか」
「思わない。寧ろ斎藤君は優しいと思う」
「優しいわけでもないと思うが…」
「ううん優しい」


 満月でも何でもない今日は、灯さえ消してしまえば互いの姿はほぼ闇の中。黒に紛れたその姿を手探りで探し求めれば、指先がとん、と触れる。手背に這わすように、私は自分の手を斎藤君のそれに重ねた。私の方が気持ち高いらしい体温のせいで、彼の手は温く感じる。けれどそれが返ってその存在を主張している気がした。

 私の言葉を否定した斎藤君の言葉を更に私が否定する。きっと彼は今、そんな私に眉を顰めている所だろう。斎藤君の肩に凭れているせいで表情は窺えないけれど、もう知り合って随分と経つ斎藤君のことくらい、大抵のことは分かる。…改めて思う。私って本当に薄情なのだろうか。あれは沖田の感覚なだけではないかと。


「…、一つ訂正しておく」
「何?」
「俺が優しいなどとあんたが感じるなら、それはあんただからだ」
「……それって…」


 特別扱い?密着していた体を離して問いかける。すると、掬うように私の頬を両手で包むと、斎藤君は前髪に唇を落とした。僅かに額から伝わる唇の感覚に、何度経験しようと慣れない緊張が体を縛る。まるでそれを解きほぐすみたいに、頬を撫で、髪を撫で、そして抱き寄せられる。斎藤君の髪が頬を擽り、思わずきゅっと目を閉じた。

 私だけ、私だから。何度も頭の中で反芻する、嬉しい言葉。たまに斎藤君のくれるこういう言葉が幸せをくれるのだ。温かい海に浸っているような気持ちになれる。それはなんて贅沢で幸せな瞬間なのだろう。何度も繰り返し言ってくれる訳ではない。毎日言ってくれる訳でもない。ほんの偶に、ぽろっと零すみたいに告げられる、だから幸せ。だから強請らないし、もっと、なんて言えない。優しい言葉をくれた瞬間ほどこの人を好きなのだと実感することはなくて、その味を占めてしまったから欲張りにはなれない。


だけは特別だ」
「斎藤君…」


 でも、もっと知りたいと思うことがある。斎藤君の目に私はどんな風に映っているのかということ。私のことをどんな風に思ってくれているのかということ。私といる時にどんなことを考えているのかということ。甘い言葉はたくさんは要らない、時々、ほんのたまにでいい。けれど知りたい、斎藤君の心の奥底。大抵は分かるなんて、本当は分かっていないのかも知れない。全てを知ろうなんて、それは傲慢なのだろうけど、だけどそれでも。


「じゃあもっと、教えて欲しい」


 斎藤君のことを。その声が斎藤君に聞こえたかどうかは分からない。だって言い終わるより早く、斎藤君が私の口を塞いでいたから。












(2011/6/5)