斎藤さんは非番の日も大抵、部屋に籠ってお仕事をしていることが多いのだけれど、たまにこうして私が外に遊びに行きたいと言うと、付き合ってくれることがある。忙しい時は忙しいと言ってくれるし、私もそういう時はお誘いをしないから、こういうたまの楽しみがとても幸せだと思う。今日も私が馴染みのお店へ甘味を食べに行きたい、と言ったら、「今は冬だぞ」と言いつつも付き合ってくれることになった。

「晴れて良かったですね!雨だったら外に出るのが億劫になっちゃいますし、行かなかったかも知れません」
「ああ」
「でもちょっと風が強いかな…。斎藤さん、寒くないですか?」
「いや、大丈夫だ」

 喋るのは私の仕事みたいなもので、斎藤さんは大体相槌しか打たない。たまに「はどうだ」なんて聞き返してくるけれど、相槌か、私の質問への返事のどちらかだ。私は話すのが好きで、斎藤さんは常に聞く役に徹してくれている。…いや、斎藤さんは話すのがあまり得意でないと言っていたから、それで均衡を保っているのかも知れない。喋るのが好きな平助君や新八さんだけでなく、沖田さんにまで「一君と喋っていて何が楽しいの?ていうか会話成立してる?」というようなことを言われてしまったことがあるけれど、気まずいなんて思ったことは一度もない。むしろ黙って話を聞いてくれる斎藤さんといるこの時間というのは、とても心地の良いものだった。…というのも、私の自己満足だったらどうしよう、と思わないこともないのだけれど。

「あ、猫だ。斎藤さんは猫は好きですか?それとも嫌い?」
「どちらという訳でもないが」
「私は結構好きです。気紛れだから同じ猫でも懐いて来る時と懐いて来ない時があるんですけどね」
「そうか」
「ねえねえ斎藤さん、あの猫、どことなく沖田さんに似てません?」
「…そうだろうか」

 袖を引っ張って猫の方を指す。斎藤さんもそちらをじっと見たけれど、同じようには思わなかったらしい。あの、ちょっとつんとしてる所とか、欠伸をした所、そっくりだと思うんだけどなあ。そうこうしている間にどこかへ逃げてしまった。突然現れて突然いなくなる所も似ている気がする。

 生温くなったお茶を一口飲めば、すっと身体が冷えて行く気がした。思わず身体を縮めると、ちらっと横目で斎藤さんが私を見ていて、へらっと笑えば今度は呆れたように溜め息をつく。

 斎藤さんが何を考えているか分からない、と言う人がいるけれど、そんなことはない。こうやって話していると実はいろんな表情をするし、冷たいわけでもない。何を考えているか分からない、なんて、気持ちは目に見えないのだから誰だって一緒だ。むしろ斎藤さんは分かりやすい方だと思うのだけれど、これは私の贔屓目から来るものなのだろうか。

「お茶も冷めちゃいましたね。私、熱いくらいの方が好きなので。そう言えば斎藤さんも熱いくらいの方が好きですよね」
「ああ」
「土方さんもそうだし、近藤さんはそれ以上に熱いのを飲む時もあるなあ…。逆に平助君や沖田さんはそこまで熱いと飲んでくれなくて」
「そうか」
「まあ最近になってようやく加減が分かって来たんですけどね!特に沖田さんは細かいから加減が難しいのです」
「そうだろうな」

 とかいう斎藤さんも割と細かくて、一口目を啜った瞬間の表情で失敗かどうかがよく分かる。ただ、失敗でも文句ひとつ言わずに飲んでくれるものだから、なんだか申し訳ない。こうして外で飲むお茶はやっぱり美味しくて、斎藤さんもその味を知っているから美味しいお茶をいれたいのだけれど、なかなか、お茶一つにしたって難しいものは難しい。個人の好みに合わせるとなれば、尚のこと。

 お菓子もお茶も空になった所で、私はお店のお姉さんにお勘定を頼んだ。前回誘った時は私の分まで斎藤さんに払ってもらってしまったため、今度こそは自分の分くらい自分で払わないと、と内心意気込んでいたのだが、立ち上がろうとすると斎藤さんに手で制される。

「だ、駄目です駄目です、私だってお給金頂いているんですから!」
「今に始まったことではないだろう」
「それはそうですけど…って、だからこそですよ!」

 ぐいぐいと襟巻を引っ張ってみたものの、斎藤さんは一歩も引かず、ちょっと苦しそうにしながら無理矢理お勘定を済ませてしまった。そして今度は斎藤さんが私を引っ張って店の外へ出ると、私を振り返ってすっと手を伸ばす。あ、しまった、怒られるかも、とぎゅっと目を閉じたけれど、来るであろうと思っていた拳骨の一つどころか小突くような感覚もなくて、代わりにくしゃりと頭のてっぺんを撫でられた。意外過ぎたその行動に目をぱちぱちさせる私。

「斎藤さん?」
「俺はどうやったらを楽しませることができるのか分からぬ」
「は、はあ…」
「それにいつも外出の誘いはからだ」
「そうです、ね…?」
「しかも長時間の外出はしたことがない」

 斎藤さんの今の発言の要領はよく得られないけれど、彼は彼なりに思う所があるらしい。私は斎藤さんと出掛けられるならそれだけで嬉しいし、楽しい。外出の誘いをすることだって、私が誘いたいから誘うだけだ。そりゃあ、誘ってもらえたら嬉しいけれど、今更、それはそれで何だか照れる。長時間の外出をしないのは、恐らく目的を済ませたら帰りたいであろう斎藤さんを考えて、寄り道をせずに帰るのが良いだろうと思っていたからだ。それに斎藤さんは計画性だとか、目的だとかを大切にしていそうだし、私の気まぐれであちこち寄って帰りが遅くなるということは良しとしないのではないだろうか、と考えた結果だ。

 もしかすると、見事に私たちはすれ違いを起こしていたのかも知れない。私ばかりがああしたいこうしたいと言ったり、こうではないだろうかと自分の中だけで解決してしまったりと、斎藤さんの実際の気持ちなんて聞いたことがなかった。ああもう、本当に私の自己満足だ。

「あの、…斎藤さんの、したいようにしてくれて構いませんよ」
「……………」
「と、いうか、うーん…斎藤さんが行きたい所とか、やりたいこととか、見たいものとか言って……って、私がいつも喋ってばっかりで口挟む隙がないんですよねっ!ご、ごめんなさいっ!」
「い、いや、謝るようなことでは…」

 いまいち上手く言えない。どうでもいい雑談はぺらぺらと出てくるのに、こう改めて大事な話をするとなると弱いのは、頭が弱い証拠に他ならない。

 さっきの斎藤さんの言葉を、もう一度よく解釈してみる。…つまり、斎藤さんは私を何か楽しませてあげたいと思ってくれているわけで、いつも私からばかりお誘いしているからたまには自分から誘わなければと思っていたりしてくれているわけで、もう少し長く外出してもいいのではないかとも思ってくれている訳で、…それって、それってつまり、かなり私のことを考えてくれているってことなのでは。私といることを悪くおもっていないのだろうし、むしろもっと一緒に時間を過ごしても良い、と、都合良く解釈して行けばそういうことにならないだろうか。だとすれば、次に私が言うことは。

「…私、待っていますね」
「待つ?」
「今度は斎藤さんから誘ってもらえるように、私、楽しみに待っています」

 緩む頬を抑えられない。冷たい風が顔を撫でるのに、それに逆行するかのように顔が僅かに熱い。自覚するとなんだか恥ずかしくて、「じゃ、じゃあ帰りましょう!」なんて無理矢理話を逸らす。そうして斎藤さんをぐいっと引っ張ったのだけれど、いつもなら簡単に引っ張られる斎藤さんが動かない。どうしたものかと思い振り返って手を緩めれば、今度は逆に手を掴まれる。その目には「少しは人の話を聞け」とでも言われているような気がして、「何ですか」とも言えずに私は口を閉じた。

 、と斎藤さんは切り出すと、私の手を握る手に力を込めた。痛い、と言うほどではないけれど、斎藤さんからこうして手を握られたことはなかったから驚きはする。…いや、私からも袖を引っ張ることはあれど直に手を引っ張ることはない。私とは違って長い指は、まるで絡め取るかのようだ。

「少し、回り道をする」
「へ?」
「俺のしたいようにしていいのだろう」
「い、いですけど…」
「遠回りをしたいからする、それだけだ」
「はあ、分かりました」

 私の返事を聞くと、私の手を離して来た道とは逆へ早足で歩き始める。その背中に遅れないよう、私は早足で追い掛ける。斎藤さんのしたいという回り道の意味を知りたくて、追いついた横顔を覗き込んだけれど、表情に変わりはなくてその意図は汲み取れない。

 斎藤さんも意外と気まぐれな所があるのかも知れない。そしてぎこちない言い訳をする。ちょっと子どもみたいに。でも少しだけ、ほんの少しだけさっきより斎藤さんの頬が赤くなってる気がするのは、寒さのせいじゃなくて私と同じ理由なんだって自惚れても良いだろうか。そんなことを思いながら、私は緊張する左手を斎藤さんの袖口に伸ばした。









(斎藤さんから初めて外出のお誘いを受けるのは、もう少し後の話。)






(2010/12/24)