言葉が少ないのを良しとするか悪しとするか。それは人それぞれなのだろうけど、男女間でその価値観がずれると面倒だ。言葉が少ないのと、言葉が足りないのとでもまた違う。だとすれば、斎藤さんはきっと普段であれば前者。でも私を前にすると間違いなく後者。だから時々私たちは間違ってしまったり、すれ違ってしまったりする。いくつもいくつも言葉にしたがる私と、恥ずかしいのかそれを真面目に聞いてくれない斎藤さん。まあ、そういう所も好きだから良いんだけど。

「…でもね、やっぱりこういう時は言葉っていると思うんです」
「す、すまない…」

 不機嫌も顕わにいきなり部屋に押し掛けられたかと思えば、押し倒されて、流されて、次に気が付いたら朝になってた、なんて。原因はあろうことか、斎藤さんの嫉妬だという。その相手がまだ沖田さんだとか、斎藤さんと対等な立場の人間だったらよかったのだ。それなら彼一人でも自己解決できただろう。ただ今回の相手が悪かった。何を思ったか土方さんだったとは。

 斎藤さん自身、動揺しているのはよく分かった。だから言葉も少なにこんなことになったのだし、私の言葉なんてまるで耳に入っていないようだった、昨夜。彼の気が済むまで付き合った私は、もう日も出ていると言うのに身体が重くて起き上がれない。夜着を軽く羽織ったまま、まだ布団の中で包まっている。

「嫉妬が悪いとは言いません。それくらい、私だってします」
「そうなのか」
「喜ばない」
「…すまない」
「謝る所はそこじゃないでしょう」

 一通り話は聞いたと言うのに、まだ私を抱き締めたまま離そうとしない斎藤さんを叱咤。少し力を入れて押し返せば、意外と簡単に彼の腕は解かれた。

 理由も分からないのに謝られたって意味がない。とりあえず、分かるまで説明しよう。…なんだか母親になった気分だ。目の前でしゅんとする斎藤さんを見てそんなことを思う。きっと、自己嫌悪だとか、罪悪感だとか、申し訳なさだとか、いろんな気持ちがあるのだろう。それは分かる。それはそれで受け止めるとして、とりあえずは整理だ、整理。

「私が昨夜、どんな気持ちだったか分かりますか」
「…………」
「分からないんですね」
「そんなことは、」
「分からないんですね?」

 意地でも認めない気だ。頑固と言うかなんというか。それでも、その発言の裏にはおよそ、私の考えていることくらい分かっていたいと言う彼の気持ちがあるのだろうと思えば、それはそれで嬉しいものがある。…いやいや、流されるな。ここできっちり話し合わなければ、また同じことを繰り返す羽目になる。そんなことはごめんしたい。

 私は身体を起こすと、片手で夜着の合わせを握り締めながら、もう片手を斎藤さんの顔の横についた。

「怖かったんですよ」

 私が、何かしでかしたのかと思って。斎藤さんの気に食わないことをしたのかと思って。それなのにこの人は何も言わないし、私の言うことになんてまるで聞く耳持たないし、でも泣いちゃ駄目だって我慢をして、そして、今。今になってじわりと涙が滲んで来る。そんな私を見て斎藤さんは目を見開いた。

「もう、私の言うことなんてなんにも信じてくれないのかなって思うと、怖かった」
「…すまない、
「本当に分かってます?」
「分かっている、今度こそ」

 斎藤さんは下から手を伸ばすと、私の頬に触れる。そして肩から流れた髪を掬い、そのまま口付けた。私自身には何も触れていないのに、まるで髪から熱が伝わったような気がした。それを察してなのか、まだ髪を梳きながら私を見上げて小さく笑う。

 なんだかまた上手く私が丸めこまれそうな気がするけれど、一番言いたかったことは分かったらしい。するとまたどっと疲れが押し寄せて来た。今日は運が良いことにお互い非番だし、私はもう少し休んでいたい。この人はともかく、そもそも私は本来、この人の気が済むまで付き合えるほど体力があるわけではないのだ。完全に昨夜は許容量を超えた。

 また布団の上に寝転ぶと、斎藤さんの手が腰に伸びる。そして引き寄せられれば、何度目になるのか分からない「すまない」という言葉が頭の上から聞こえた。そうやって、こんなにも間近でしゃべられるとどきどきしてやまないことを、この人は知っているのだろうか。

「狡いですよね、斎藤さんって」
「何の事だ」
「…自分で、考えて下さい」
?」
「眠い…もう一回寝ます…」

 悔しくてたまらない。どうすれば私も同じくらい、この人をどきどきさせられるのだろうか。言葉の少ないこの人からそれを知ることなんて、なかなかに難しいことだ。けれど少なくとも今、私がなぜ拗ねているのかを言及して来ないことに関しては、そんなこの人に密かに感謝をした。













(2010/11/24)