同じクラスになって初めて、斎藤くんと同じ日に日直になった。浮かれた私はいつもより早くに家を出て、斎藤くんに迷惑だけはかけないようにって、日誌も取って来たし、先生からのプリントも受け取ったし、クラスへの連絡もしっかり覚えた。…まあ、同じ日に日直何て言っても、殆ど話すようなことはなくて、せいぜい業務連絡程度。それでも嬉しいのが私って言う単純な人間なわけだけど。

 最後の望みは放課後に日誌を書く時間だけだ。一日中どきどきしながら放課後を待つ。すると、ホームルームが終わってすぐに斎藤くんの方から声をかけて来てくれた。そこでふと思い出す。…彼、部活があるから急がないといけないんだっけ。

、日直日誌だが…」
「ご、ごめんね!私が持ってるの!すぐ書くね!?」
「いや、急ぐ必要はない。今日は部活もなくなった」
「そ…うなの?」

 頷いて、私の前の席の子の椅子を引くとそこへ座る。わ、わ、距離が近い。部活生の多いうちのクラスは、ホームルームが終わって十分もすれば、途端に教室は静かになる。今日は天気も良く、屋外部活の子たちも急いで出て行ったため、既に教室には私と斎藤くんしかいない。なんという幸運。こんな機会、二度とないかも知れない。たまには神さまも良いことをしてくれるもんだ、と心臓の飛び出しそうな胸を抑えて、斎藤くんに背中を向けながら密かに深呼吸を繰り返した。

「……………」
「……………」

 斎藤くんが寡黙なのは知っている。けれど私は普段、人並みにはしゃべるタイプの人間だ。だから、実はこの沈黙は非常に気まずい。中にはこういう沈黙が心地好いだとか、好きだとか、落ち着くだとか、そう感じる人もいるけれど、それは多分恋人同士の話だろう。私は斎藤くんに片想い中の身、緊張して仕方ないのに、この沈黙を楽しむなんてできるわけがない。何か話さないと…何か話さないと……呪文のように頭の中で繰り返しながら、日誌に日付と今日の天気を書き込む。…あ、そうだ。

「ね、ねえ斎藤くん」
「なんだ?」
「斎藤くんの名前、て、どんな字だっけ!」

 すみません、知ってますけど。

「漢数字の一だ」
「あ、そ、そっか!ありがとう!」
「ああ」
「うん!」
「……………」
「……………」

 あれ、やっぱり会話、続かないや…。思ったようには行かないみたいである。それか、「私の名前知ってる?」くらい、簡単に返せればよかったのだろうか。でも、それってなんだか斎藤くんを馬鹿にしている気がしてならない。…いや、まず斎藤くんの名前の漢字を聞いた時点で私は非常に失礼な人間だという印象を植え付けたかも知れない。私の馬鹿。

「…“”だろう」
「え?」
の名前だ。漢字はこう」

 そう言ってカチカチとシャーペンを鳴らし、私の机にさらさらときれいな字で私の名前を書く。“”と、きれいな、斎藤くんの字で。

 覚えていてくれたんだ。大して接点があるわけでもない私の名前を、覚えていてくれたんだ。斎藤くんなら、クラス全員の名前くらいすぐに覚えているのかも知れない。なんたってクラス委員だし、真面目だし、なんかそう、そんなイメージだし。けれどどうしよう、すごく嬉しい。たったそれだけのことなのに、とんでもなく嬉しい。胸がぎゅうっと苦しくなって、でも同時に顔が熱くなって、机の上の私の名前と斎藤くんの顔を、交互に見つめた。すると、すごく優しく笑って、斎藤くんは言葉を繋げてくれる。

「好きな相手の名前くらい、覚えている」
「それ、て…」

 これは都合のいい夢?日直の日が重なっただけでなく、今日に限って斎藤くんは部活が休みで、私の目の前に座っていて、名前を覚えてくれていて、更には「好きな相手」って。それって私のことでいいんだよね?間違いなく、私のことでいいんだよね?

 訳が分からなくて泣きそうになりながら、なんて言葉を返せばいいのか分からず、「あの」「えっと」とそればかりを繰り返す。そんな私を見て、斎藤くんは口を抑えて肩を震わせる。おかしそうに笑いを必死で堪えながら、でも私の返事なんてまるで見透かしているかのようだ。…きっと斎藤くんの想像通りなんだけど。やがて斎藤くんが再び顔を上げると、「それで」と私を促す。

「ほ、ほんとはね…」
「ああ」
「私も斎藤くんの名前、くらい、知ってた、よ…」
「何故だ?」

 ああ、思ったよりこの人、意地悪なのかも知れない。と気付いた時にはもう遅くて、私はすっかり斎藤くんの策中にはまってしまっている。いとも簡単に引っ掛けたのだ。でもそんな罠の中が心地好いと思ってしまうのは、まだ思いが通じ合ったばかりだからだろうか。それとも、これからもずっとそうなのだろうか。私にはまだそんなこと、全然想像もつかない。今、どう答えるかを考えるだけで頭の中はぱんぱんなのだから。必死で脳をフル回転させてやっと絞り出したたったひとつの言葉。これを聞いたら、もう一回斎藤くんは、さっきみたいに笑ってくれるのかな。

「好きだから…私も、ずっと斎藤くんが、好きだったから…!」

 身を乗り出して伝える。心臓が破裂しそうだ。けれど、期待した斎藤くんの表情なんて気にしてる暇は一瞬もなかった。だって次の瞬間、唇には温かいものが触れていて、とうとう私の頭は許容量をオーバーしたのだから。









(さっさささささささいとうくん!)
(四月からずっと好きだったんだ。問題あるか?)
(大アリです!!!)






(2010/10/25)