恋をすると、女の子ってどんどん欲張りになると思う。見ているだけで良い、て思っていたのが、挨拶したいになる。その次は覚えてもらいたいって思うようになって、話したいって思うようになる。そしたら名前で呼んで欲しくなるし、触れたくなる。

 恋って、楽しい半面すごく厄介だと思う。





















 大体、別のクラスで目立ちもしない私が、いくら同じ学年だからと言って覚えてもらっているとは思わない。そんな都合のいいことがあるはずがないから、期待って言うのはしない方が傷は浅くて済むのだ。だからまずは、自分から行動を起こして覚えてもらうのが先決。委員会でも、役員会でも、何でもいい。こういう時の私は驚くほどの行動力を発揮するので、小テストや定期テストが詰まっていようと立候補するのだ。誰もがやりたがらないような委員会に。

「ううぅぅうん?」

 しかし頭が悪いと来た。思えば最高学年、下の学年二つをまとめないといけないことを忘れていた。こういう、何かを仕切るようなことは私には向いていないと言うことを忘れるほど必死だった訳だ、私は。

 かれこれ片思いも三年目、一途さは我ながらそろそろ賞をもらったって良いんじゃないかと思う。その相手はかの風紀委員、斎藤一くんである。頭も良いわスポーツもできるわ先生からの信頼もあるわ、その上風紀委員と来たらエリートコースまっしぐらなんじゃないかと思う。バレンタインとなれば毎年もらう数は校内でも上位に食い込むだろうと踏んでいる。そんな彼と並の凡人、ワタクシに面識などあるはずがない。一方的な片思いである。無念。

 そんな彼と接点を作ろうと立候補した学園祭実行委員。しかも「いい経験だからやっておけ!」と永倉先生に半ば押し付け…ごほごほ、直々に指名され、こうして委員長をしている訳だけれど、どうしよう、私、全然委員長らしいことできてないや…。

「だから、…十時からが二年生、午後の一番手は準備の手間取る吹奏楽が…でも演劇部も準備が……あああああ!もうっ!」

 当日の体育館使用順一つにもこの始末。既に考え始めてから一時間半ほど経過しようとしている。他の実行委員たちは実行委員たちで仕事を振り分けたし、今、この会議室には私しかいない。このプログラムができないことには、体育館使用願いを出してくれている各学年・各部活に連絡に行けないのだ。…けれどこれでも、仕事を実行委員たちに割り振れただけでも褒めて欲しいと思うんだ、うん。

 実行委員には各委員会の協力もある。費用の申請、特別教室や備品の使用許可はもちろん生徒会に通さないといけないが、この時だけはどの委員会よりも学園祭実行委員会が一番権力を持ち、実行委員が動かさないと話が進まない。つまり、私がしっかりしないと斎藤くんの所属する風紀委員にも迷惑がかかると言うことだ。実際、実行委員会が立ち上がって一週間で、既に斎藤くんからは何度も厳しいつっこみを頂いている(いやそれでも好きなんだけどね!)。

 プログラムを組むにも頭がパンクしそうで、鞄の中からペットボトルを取り出して水を一口飲むと、机の上に突っ伏した。自分が情けなくなると共に、改めて斎藤くんはすごいと思った。私みたいな頼りない委員長とは違って、もっとこう、雰囲気からして違うと言うか…。

、進んでいるか」
「はいっ!進んでません!……って、斎藤くん!」
「…進んでいないのか」
「え、あ、いやっ、今やってる所!」

 穴があったら入りたい。地面の奥深くへ。

 机の上に広がったプリントの数々と私を見比べると、斎藤くんは私の使ってる長机の前に椅子を持って来て座った。「え、え、何」と言うと「見せてみろ」とさっきまで私が試行錯誤してプログラムを組もうとしていたぐちゃぐちゃのルーズリーフを請求される。…字も汚いし、メモ書きが凄まじいし、見せたくないんだけど…。

 そのルーズリーフと各学年・部活からの使用願いに一通り目を通すと、ルーズリーフを私の方に向けて机に置く。一連の彼の動作の意味が分からず、ルーズリーフと斎藤くんの顔を交互に見る。

「ここだ」
「へ?」
「吹奏楽の後に演劇部や合唱部を持って来ることは推奨しない」
「な、なんで?」
「楽器の音の方が大きい。大きい音の後に地声を使うような舞台発表は観客に優しくない」
「お、おお…なるほど…!あ、じゃあ合唱部は…ここの次にすれば舞台準備も時間掛からないかな!」
「そうだな」

 新しいルーズリーフを急いで取り出し、もう一度プログラムを組んで行く。

 有志のダンスはどうしよう。毎年大音量だから吹奏楽の後で構わないだろう。あ、でもこのクラスが合唱をするらしいんだけど、その後に合唱部を持って来たら意地悪かなあ。いや、その辺りの事情は察してくれるはずだ、毎年のことだからな。…す、すごい、斎藤くんがいるとスムーズに決まって行く…。一人で悶々と一時間半も悩んでいたのが馬鹿みたいだ。いや、実際馬鹿なのだろうけど。

 でも斎藤くんはそんな私を馬鹿にするでも蔑む訳でもなく、適切なアドバイスをくれる。プログラムを全部組んでくれるんじゃなくて、私が組みやすいようにヒントをくれている。教え上手だなあ、と思いながら、さらさらと考えながら時間を割り振って行く。すると、ものの十五分ほどでできてしまった。斎藤くんが神か。

「で、できた!って、わあっ!」

 ぱっと顔を上げれば、思いの外すぐ近くに斎藤くんの顔があって、思わず立ち上がってしまった。その瞬間、ガタン!と派手な音を立てて椅子が後ろに倒れる。…私、恥ずかしすぎやしないか。この落ち着きのなさ、なんとかした方がいいと思う。それに引き換え、斎藤くんのこの落ち着きぶりと来たら、私てば本当に同じ学年なのだろうか。私は熱くなった頬を押さえながら椅子を元に戻し、再度腰を下ろした。

 それにしたってこの位置、普通にしてたって斎藤くんと近い。大丈夫か、と不思議そうに訊ねて来る斎藤くんに笑いながら曖昧に返事をする。違う意味で大丈夫じゃない。大変心臓に悪いです。三年目にしてこの至近距離とは、片想いというのも続けてみるものである。間近で見た斎藤くんもかっこよすぎて、本人がいなければ机をバンバン叩いていた所だ。しかし、私みたいな頭の弱い女子が斎藤くんと、なんて夢のまた夢。最後の学年にいい思いを少しでもできてよかった、と一人思う。

「ところで、話は変わるのだが」
「うん?」
「いや、その、答えたくなかったら構わないのだが」
「う、うん」
「…そ、総司とは、いわゆる、付き合って…いるのか?」
「…………え?」

 総司くんと、なんですと?言われた意味が分からず、目をぱちぱちさせた。誰が、誰と、何だと?誰が、とは言われていないけれど、いや、もしや、「私」が「総司くん」と「付き合っている」だと?…彼とは確かに仲が良いけれど、二年の時に同じクラスになって意気投合しただけで、男女云々の仲では全くない。

(ああ、そういえば斎藤くんと総司くんって部活が同じなんだっけ…中学も一緒だったって…)

 何がどうなって私と総司くんが付き合っているという想像に至ったかは知れないが、全くの誤解だ。…斎藤くんから見るとそんな仲に見えたのだろうか。一応、斎藤くんにこそ好意を抱いている私としては、少々ショックな事実だ。いや、それより待て待て待て。なぜにいきなりそのような疑問をぶつけられたのだろうか。しかもすごく私に聞くのに緊張していたし、躊躇っているようだったし、ただ「付き合っているのか」と聞くだけなら何もそこまで意識せずともいいだろう。

 あまりの不意打ちに、つい肝心の質問に答えることを忘れて呆然としてしまう。すると斎藤くんは必死になって私に詰め寄った(あ、相変わらず対人距離がいきなり近いです!)。

「す、すまない、今の話は忘れてくれ」
「え、いやでも、」
「忘れてくれ、頼む」
「は、はあ…」
「ただ、俺は少し、」
ちゃん、まだ終わらないの?」

 ガタン!とまたもや大きな音がしたかと思えば、今度は斎藤くんがいきなり立ち上がって椅子を倒した。…この動揺の仕方、私と同じだと思う。

「…何してるの、斎藤くん」
「何でもない、何もしていない、学園祭の話し合いをしていただけだ。、後はできるな」
「う、うん!ありがとうね斎藤くん!」
「いや、いい」

 いつもの斎藤くんに戻った。そうして足早にに会議室を出て行く。その背中を目で追うけれど、振り向きもせずに去って行った。もう今日はこれで終わりだからいいけれど、いつも落ち着いている斎藤くんがあの慌てよう、これから何か大切な用事でもあるのだろうか。もう少し話したいな、なんて思っていたのだけど仕方ない。しかも何か言いかけていたし、すごく気になる。「ただ、俺は少し、」…その続きは一体何なんだ。まずい、気になって今日は夜も眠れないかも知れない。いろいろドキドキさせられたし、そういった意味でも眠れなさそうだ。至近距離で見た斎藤くんの顔を思い出して、今更ながら私はのぼせる思いだった。

「…幸せそうだね、ちゃん」
「いや、まあ、うん、そうだね…幸せ死にそう…」

 含みのある笑いをしながら、先程まで斎藤くんが座っていた椅子に座る。…別段、総司くん相手にドキドキするなんてことは、勿論だけれどない。

「斎藤くんと何話してたの」
「私と総司くんが付き合ってるのかって聞かれた」
「何ソレ…」
「そのリアクションはさすがに傷付く!…それでね、思ったんだけど、もしかして斎藤くんって、」
「うん?」
「…総司くんのこと、好きなの?」
「…………………………」
「…………………………」
「………ちゃん?」
「はい?」
「なんでそうなるの?」
「え?いだだだだだっ!!なんではこっちだよ!!」

 力の限り私の両頬を横に引っ張りやがった。仮にも女子の顔だぞ、明日も斎藤くんと会うんだぞ!容赦なく引っ張りやがって、明日もし腫れていたら斎藤くんにどんな顔して会えばいいの。こんな顔だけど。

 しかし総司くんはそんなこと知らないとでも言うように、零下の笑みを浮かべていた(こ、怖いです)。何か変なことでも言っただろうか。いや、言ったけど。だってあんな聞き方されたら誰でもそう疑うと思うんだけど…。中学から仲のいい友人をどこの馬の骨とも知れない女にとられた、みたいな。そういう意味で聞いたんじゃないのかな。あれ、違う?マジ?本気なの?…うん、いいよもう、他の女の子にとられるくらいなら、総司くんだったら諦めつくよ。美形同士だもんね、斎藤くんならそれも許せると思う、ワタシ、ガンバルヨ!

 …なんて、一人で何か違う世界を構成し始めていると、「ちゃんが想像しているようなことは地球がひっくり返っても有り得ないから」…え、何、頭の中読まれたりした?「全部声に出てるんだけど」まじで。

ちゃんもなかなか鈍いよね」
「え!何いきなり!」
「そういう所が」
「…なんか無性にむかつくなあ」
「あとは自分で頑張ってよ。面倒だし」
「は?」
「ほら、終わったんなら早く帰るよ」
「はーい」

 筆記用具を仕舞って、プリント類も学園祭用のファイルに綴じ直す。その中の一つ、最終的にできあがったプログラムを最後に手に取った。斎藤くんが手伝ってくれたおかげでなんとかできたプログラム。このルーズリーフを、斎藤くんも触ったのだと思うと、…おっと、ちょっと変態くさかったな私。…とりあえず、片想い三年目、ようやくまともに話すことができたことには幸せを感じずにはいられない。

「総司くん」
「何」
「ジュースおごってあげるよ」
「君が親切だと気持ち悪いんだけど」
「どこまでも失礼な人ですね!」

 早く明日になればいいのに。明日もまた実行委員会があるから斎藤くんに会える。そうしたら、今日聞かれたことにちゃんと答えて、言いかけた言葉の続きを聞くんだ。




















(2010/9/27)