せーんぱいっ!おはようございます!」
「お、おはよう野薔薇ちゃん」

 にこにこといい笑顔で挨拶をして来たのは、一つ下の後輩だった。この時間に寮で遭遇することは珍しい。入学してすぐならまだしも、学校生活の内で任務がほとんどになって来れば同じ寮にいても会わないことが普通だ。校内演習などが被れば校内では会うけれど、私は大概教室に着くのは一番なので、寮で会うことは稀だ。
 そんな訳で、今日は野薔薇ちゃんに待ち伏せされていたらしい。

「私気付いちゃったんですよ」
「な、何にかな?」
さんと真希さんって付き合ってますよね」
「へぇっ!?」

 間違いない―――そう言いたげな自信満々の表情で彼女は言い切った。
 隠しているつもりはなかったが、別にわざわざ言うようなことでもない。何か雑談することはあっても、恋バナになど発展することもなかった。だから言わなかっただけだ。聞かれれば否定する必要はないけれど、まさか野薔薇ちゃんにばれていたとは思わず、朝から私の寿命が縮んだ。
 隠す必要はない、否定する必要も。目の前の後輩は、決して好奇心や揶揄い、ましてや非難するつもりで言って来た訳ではないだろう。彼女はそんな人間ではないことを、短い付き合いではあるが私もよく分かっている。

(否定する必要はないんだけど……)

 昨年、真依ちゃんに言われた「不釣り合いね」という言葉を思い出し、ずきりと胸が痛んだ。あの短い一言には、多分に様々な意味が込められていた。家柄の問題も、呪術師の素質という問題も、互いが互いに不釣り合いだと、そう言われたのだ。それを時々思い出しては一人落ち込んでしまうことを、真希ちゃんは度々叱責して来ていた。

「…変だと思う?」

 思わず口からぽろりと出たのは、そんな一言だった。きっと、真希ちゃんが聞いたら拳骨の一つでも容赦なく飛んで来そうな一言だ。
 私はいつも怯えている。私が真希ちゃんを好きなことで、何か悪いことが起きるのではないかと。真希ちゃんといられる時間は幸せで堪らないのに、この幸せの先にあるものを想像すると、それもまた不安で不安で堪らない。例えば、誰かから別れろと言われても気にならないけれど、身近な人の目や評価はどうしても気になってしまう。だから、最初に「パンダたちには言っておくぞ」と真希ちゃんに言われた時、私は真希ちゃんを止めようとした。黙っておこう、言わないでおこうと。

さんは、変だって思ってるんですか?」
「んー…どうだろうね…」

 私には大事なものがたくさんある。私に見合わないような大事なものが。その全てを取りこぼしたくないし、そのどれにも背を向けられたくない。真希ちゃんにも、パンダにも、棘くんにも、憂太くんにも、一年生たちにも先輩たちにも、失望されたくないし離れられたくない。真希ちゃんをそんな目に遭わせることも、勿論耐えられない。
 すると、野薔薇ちゃんは途端に真剣な面持ちになる。

「ダメです、そんなの」
「え?」
「真希さんを好きだって感覚を疑うなんて、絶対ダメです」
「野薔薇ちゃん、」
「大切なものを大切にする気持ちを潰してしまわないで下さい」

 私が一人で考えるよりもずっと強い言葉で思い知らされる。自問自答して、けれどその先に望んでいることが、まだ付き合いの長くない後輩によって明確にされた。野薔薇ちゃんは強い。自分自身を誰よりも信じているし、自分を疑うことがない。そんな後輩が、優柔不断な私にはあまりにも眩しく見えた。
 真希ちゃんもそうだ。私が一歩悩んでいる間に、十歩も先を行ってしまう。けれど、私が動けないでいるとそこで待っていてくれるのが真希ちゃんなのだ。
 強くなりたい、そう思って胸が軋んだ。