新入生は期待できる、と、一年生の入学前から真希ちゃんは言っていた。有望なやつがいるのだと。ワルそうな表情ではあるが、嬉しそうというのか、楽しそうと言うのか、とにかく気分が良いようだった。実際、一番に入学して来たその新入生は私よりよほど優秀で、きっとあっという間に昇級して行くことは容易に想像できた。でもそうなると、面白くないのは私だ。
 無事に任務が終わったにも関わらず、私はなんだかスカッとしない気分だった。

「なんだよ、朝からぶすっとして。変なもんでも食ったか?」
「食べてない…」

 全く的外れな発言に、私はますます唇を尖らせてしまった。
 私たち二年生にとっては、初めての後輩。後輩が可愛いのは分かる。実力も十分とあれば、信頼するのも期待するのも分かる。けれど、最近はその新入生、伏黒くんの話ばかりで面白くないのも事実。そんなもやもやする私の心境なんて知るはずのない真希ちゃんは、「生物には気を付けろよ」なんて、これもまた的外れなアドバイスをくれた。
 真希ちゃんは嫉妬と言う感情とは無関係のような気がする。じとりと見てみても全くダメージを受けた様子がない。

「真希ちゃんってさあ…」
「あ?」
「いいや、なんでもない」
「なんだよそれ」

 ストレートに聞けば笑われるだろうか。馬鹿か、って一蹴されるだろうか。うざいとか面倒臭いとか、そこまでは言わなさそうだけれど。真希ちゃんの細かいことを気にしない所も好きだけど、少しだけ恨んだ。
 射抜くような二つの目も、その目を縁取る長い睫毛も、性格をそのまま表したみたいなまっすぐな髪も、凛とした声も、真希ちゃんの全部が好きだ。全部好きだから、真希ちゃんの好きなものも好きになりたいとは思う。けれどなんだか、釈然としないと言うか、腑に落ちないと言うか。

(認められない……?)

 直接伏黒くんに私が何かされたわけでもないのに、伏黒くんに対して一方的に負の感情を抱くのは失礼だ。それくらいの常識はある。これでもし伏黒くんが真希ちゃんを、なんてことがあれば話はまた別だが、二人を見ている限りそういうことはなさそうだ。

(じゃあ、私は何が不満なの?)

 だって、真希ちゃんは二人の時は特別扱いしてくれるし、実際お付き合いしているし、二年生公認だし、なんなか五条先生にまでばれているし。なんでやきもちなんて妬く必要があるのだろう。
 任務から帰って来ると二人で自販機前で休憩をするのが恒例になっていたのに、「やっぱりお腹痛いかも」と嘘をついて、初めて誘いを断ってしまった。



***



と真希さー、喧嘩したなら早く仲直りしろよー」
「しゃけ」

 ここ数日、微妙に空気が違うのを感じ取っていたらしく、パンダと棘くんに注意されてしまった。厳密にいえば喧嘩をしている訳ではないのだが、私と真希ちゃんがどことなくぎこちないのには変わりがないため、気を遣わせている以上否定できなかった。私としては普段通りにしているつもりだったのだが、さすが同級生も二年目となると誤魔化せないらしい。

「真希ちゃんが悪い訳じゃないのよ」
「そうなのか?またてっきりが悟と仲良いから真希が突っ掛かったのかと思った」
「…誰と、誰が?」
が、悟と」
「…………誰と、誰が?」
「聞き間違いじゃないぞ、

 予想の斜め上過ぎるパンダの発言に、どうリアクションをとるべきなのか分からなくなった。私は過去、五条先生と特別仲が良かった覚えも記憶もない、事実もない。寧ろ小学校も中学校も、所謂先生のお気に入りの生徒のようなタイプではなかったし、何もなさ過ぎて卒業したら忘れられてしまうような生徒だ。それはここでも変わりがなかった。不公平とか不平等ではなく、単に私がそういうタイプなのだ。先生と仲良くなることを望んでいるようなタイプでもない。火のない所に煙は立たないとは言うが、今回は火種に心当たりがあまりにもない。

さ、俺らにも暴言吐かないじゃん?」
「そりゃそうでしょ」
「でも平気で悟には暴言吐くのが気になったんだと」
「こんぶ」
「いや、そんなの…」
「楽しそうな話してんじゃねえか」

 ぽん、と肩を叩かれ、「ひぃ!」と叫び声をあげる。ばくばくする心臓を押さえながら振り返ると、そこにはどう見ても機嫌の悪い真希ちゃんがいた。私の肩を掴む手に力がこもる。痛い、と漏らすより先に、真希ちゃんが言葉を被せて来る。

「で?がおかしかった理由は教えてくれるんだろうな?」
「や、その……」
「今更なしはなしだぞ」
「え?」
「だから!が先に私に好きって言ったんだ!今更悟に乗り換えとか言うなよ!」
「え!?な、ないよ!なんで五条先生!?」

 真希ちゃんからも五条先生の名前が出て来る。今日はよく聞く名前だなあ、なんて呑気なことを思いながら、誤解にもほどがある誤解をどう解けばいいのか分からなくなっていた。まず教員と生徒という時点で有り得ないと思うのだが、いつもの冷静さは一体どこへ行ってしまっているのだろう。流石にここまで的外れだと「現実味のない妄想だよ」と言ってしまいたかったが、今の真希ちゃんでは神経を逆撫でしてしまいそうだ。けれど、私以上にあらぬ疑いをかけて来ている真希ちゃんに一言言ってやりたい気持ちは残っている。

「ま、真希ちゃんだって最近ずっと伏黒くんの話ばっかだったじゃない」
「はぁ?恵なんて相手にするかよ」
「だったら五条先生だって同じだよ!」
「だって、お前、強いやつが好きだって言ったじゃねえか!」
「強いイコール五条先生なんて言ってないじゃない!私は真希ちゃんだと思って答えたんだもん!」
「だったら最初から分かりやすく私だって言えよ!」
「そこは真希ちゃんが察してよ!」
「なあ、もうこれ俺らいなくていいよな?」
「しゃけ」

 真希ちゃんが悪い、が悪い、真希ちゃんが、が―――語彙も尽きて頭の悪い言い合いになる頃、口喧嘩で私たちは息切れを起こしていた。

「はー…馬鹿らしい…」
「意外と真希ちゃんが妄想力逞しいことは分かったよ…」
も人のこと言えねえだろ」
「お前らー第二ラウンドは外でやれよー」
「ツナマヨ」

 どっと疲れた。言いたいことを全て言ってしまえばすっきりしてしまって、胸につっかえていたものが取れたようだ。真希ちゃんに訊くことを躊躇らっていたことが馬鹿みたいじゃないか。もっと早くお互い話していれば、面倒臭い拗れ方はしなかったのに。もう暫く喧嘩なんて懲り懲りである。
 結局、伏黒くんのことも当然私の勝手なやきもちだっただけで、真希ちゃんが頻繁に話題に出していたことは無意識だったらしい。そのせいでちょっと伏黒くんに冷たくしてしまったことについては、今度謝っておくことにしよう。

「真希ちゃんって私のこと好きなんだね」
「好きに決まってんだろ」
「そ……っ」
「自分で言っておいて照れんな、馬鹿

 あまりストレートに好意を伝えられることに慣れていない私は、すぐに真っ赤になってしまう。そんな私を面白がって、真希ちゃんが頬に触れて来る。けれど、「続きはよそでやれ!」というパンダの怒鳴り声と共に教室を摘まみ出されてしまい、廊下で顔を見合わせて二人で笑った。