ミッションから帰って来たばかりのティエリアは、気が立っている。整備士のとは違って最前線で戦っているのだから、いつも以上に神経質にもなるだろうし、一種の興奮状態に陥るのだと思う。気分の良くない時に人に会うのが嫌なのは誰でも同じこと。だからいつもティエリアは帰投後の報告も手短に簡潔に済ます。お帰りなさい、なんて言う間もなく彼は部屋に戻って行くのだ。例えばそれが恋人であっても。 不満ではないが、言うなれば不安だ。自分の弱っている時にこそ、心身を預けることは本当の休息へと繋がる。一人で心を落ち着けたい気持ちも分からないでもない。だから一度怒鳴られて以来、帰投後の彼には近付かなくなった。その時の最大の失敗といえば、彼の目の前で泣いてしまったことだ。きっと泣いてしまったことで、神経質になっている彼には余計罪悪感を背負わせてしまったのだろう。それ以来ますます帰投後のティエリアは私を遠ざけた。けれど、今ならなぜ冷たく当たられたかも理解できるし、泣いたりすることは絶対にないと自信を持って言える。こういう時こそ頼られないのは、としてはやはり寂しい。他のマイスターみたいに戦場なんて味わったことがないから、ランナーズハイの状態もどんなものなのか分からないのだ。 「、どうした」 「刹那、お帰りなさい」 「ああ」 同じマイスターでも刹那は変わらない。個人差なのだろうが、普段から神経質なティエリアを考えれば、ミッション後にああなるのも元から予想の範疇だったのだ。 を不思議そうな顔で見て来る刹那。それもそうだ。今はティエリアの部屋の前に突っ立っているのだから。ノックするわけでも、呼び出すわけでもなく、ただ部屋の前に立っているだけ。こうしてティエリアが出て来るのをひたすら待つのだ。彼が荒れるのは帰投直後だけ。普段は普通に会話もするし恋人らしいことだってする。でも、だからこそこの少しの間が立ち入れない大きな領域の気がしてならない。人は、弱れば弱るほど素が出る。彼の核心部分には、中央の肝心な所には触れられない気がして、はで苦しい。 「呼び出さないのか?」 「いつだって直後は機嫌悪いでしょ?」 「分からないが…」 「そりゃもう酷いって。…仕方ないけどね」 やれやれ、と肩をすくめてみせると、刹那は小さく笑った。 「は優しいんだな」 「あら、今更ね?四年前から変わらないよ」 「すまない」 冗談が通じないのか律儀に謝る刹那に、はくすくすと笑った。そしてまた扉に向かい合う。無機質なそれは、今は邪魔な壁以外の何物でもない。本当はスパナなりなんなり使って抉じ開けてやりたい。そして中で一人で蹲っているだろうティエリアを、この手で抱き締めたい。ティエリアが苦しい時は自分も苦しいし、ティエリアの辛さはの辛さでもあるのだから。 またぴたりと扉に手と額を当て、「早く出て来て」と願う。刹那は何も言わずにそんなをただ見ていた。その時、不意に扉が開く。慣性での体は前に傾き、出て来た部屋の主であるティエリアの胸にぶつかった。ティエリアもまさかがいたとは思わず、目を丸くしてその体を受け止めた。 「…に刹那まで、どうしたんだ」 「ティエリア、はいつも心配している」 「せ、刹那っ!」 「失礼する」 言うだけ言ってさっさとその場を去って行く刹那。呼び止めようと伸ばした手が行き場をなくし空を掻く。さっきの刹那の発言をどう説明しようかと、の頭の中はぐるぐるしていた。メカニックに関する頭の回転は自信があるのに、こういうことに関してはとことん回転が遅い。特にティエリアのこととなると、なかなか冷静に考えられないことがしばしばある。これじゃあアレルヤのこと言ってられないな、など考えながら感付かれないように一人で苦笑した。 刹那も立ち去り、二人きりになって気まずい思いでいると、急にティエリアは後ろからを抱き締めた。突然のことに驚いたが、回された腕にもまた手を添える。頬や首にかかる彼の髪がくすぐったい。シャワーを浴びた直後だったのか、まだ残っているシャンプーの香りと少しの水気に、なんだか気恥かしい気分にもなる。少しずつ熱を持つ自分の頬を隠すように俯き、ティエリアの腕に顔を埋めた。 「ティエリア、お帰り」 「…ただいま。、さっき刹那が言ってたことは?」 「え、あの、その…なんでも、ないよ!」 「嘘だ」 「う…っ」 こなるとティエリアはしつこい。特にさっきみたいに他の男性陣が絡んでいると、是が非でも聞き出そうとする。ささやかな彼の嫉妬心だ。けれもしどがティエリアを心配したり、不安になったりしていると知ったら、彼はどう思うのだろう。馬鹿にされたと思われるだろうか。ティエリアにはガンダムマイスターとしてのプライドだってあるだろう。はしがない整備士で、その辺りを考えるとどうしようもなく差を感じるのだ。 はティエリアの腕から抜け出して、くるりと体を反対向ける。ティエリアと向き合う形になると、首に腕を回して爪先で床を蹴り、今度はがティエリアの首に顔を埋めた。 「また、後で」 「、」 「もうちょっと…もうちょっとだけ、ね?」 |