「起きてると思ったわ」
か」
「他に誰がいるって?」
「いないな」


 疲れに効くというそれらを両手に、溜め息をつきながらティエリアの自室に入ると、まだパソコン画面と睨めっこしているティエリアがいた。かれこれ数時間、いい加減寝た方がいい。宇宙に来ると朝昼晩の感覚が分からないし、ティエリアは宇宙育ちだとかなんだとか言ってるけど、それでも身体と言うのはサーカディアンリズムがある。夜は寝て、朝に起きて、昼に活動する。戦闘の最中でそんな悠長なこと言っていられないのかも知れないけれど、できるだけその正常な生活リズムに合わせないと、いざという時動けなくては本末転倒だ。


「もう寝る」
「そう言って寝たことがあった?」
「ないな」
「そこまで開き直られるといっそ清々しいわ…」
なら俺の行動予測くらい容易に立てるだろう」
「まあそうだけど」


 それって、遠回しに「俺のことなら何でも知っているだろう」と言っているのと同じな気がする。この人、恋愛経験とか浅そうな癖に、ストレートなんだか変化球なんだか、恥ずかしいことをさらっと言いやがる。私が少し赤くなって口籠ると、やっとこちらに目線をくれる。扉を開けたまま入口に立っていたため、「入らないのか」と促され、ようやく足を踏み入れた。もう数えられないほどこの部屋を訪ねたけれど、相変わらず無駄なものが一切ない。私の部屋なんて色んなもので溢れ返っているというのに、どうやったらこんなに荷物も少なに生活できるのだろう。不思議で仕方がない。


「それで、何か用でもあったか?」
「用がなきゃ来ちゃだめ?…なんて、使い古された言葉を言うつもりはないんだけど。ほら」
「飴…と、それはなんだ」
「リンゴ酢」
「なるほど」


 らしい、と言って笑い、眼鏡を外すティエリア。どうせティエリアは「疲れた」なんて絶対に言わない。だから周りから言ってやらないとどこかで身体を壊してしまう。丈夫だとかなんだとか言っているけど、そんなの分からない。疲れた時にはなんたってこれだろう。甘いものと酢。頭が疲れた時には甘いもの、身体が疲れた時には酢がいいという。でもまさか酢をそのまま飲め、なんて鬼のようなことは言わない。


「地上に行く度に買っているの。私もミッション後にはいつも飲んでるし…。これで頭にも身体にも効くでしょ?」
「確かに、そういうことにはなるな」
「あ、疑ってる」
「いや、もらっておく」
「…ティエリアが素直だなんてちょっと気持ち悪いけどね…」
は僕を気遣って来たのか怒らせに来たのか」


 飴とリンゴ酢をすんなり受け取ったティエリアは、引き攣った笑みを見せる。あはは、と曖昧に返事をすると、眉間に皺を寄せて今度はティエリアが溜め息をついた。そして再びパソコンに向かおうとする。駄目だこりゃ、全然分かっていない。もうこれらを食べて早く寝ろと言う意味だったのだけれど、通じてないらしい。栄養ドリンクじゃないぞ、リンゴ酢は。

 これだけ人が心配しているというのにまだ分かっていないので、私はティエリアの身体を押しのけて、ティエリアが打ち込んでいたらしいデータを一時保存すると、電源をブツリと切った(いや、正規の段階を踏んでだけれど)。おい、と不機嫌さを露わにした声が横から飛んで来るが、そんなの気にしない。私はデータよりも何よりも、ティエリアの方が大事なんだから。


「今日はもう駄目。自分じゃ分からないだろうけど、疲れたって顔してるんだからね」
「気のせいだ」
「そんな訳ないわ。他のクルーに聞いても皆が皆、私と同じこと言うわよ」


 一応自覚はあるらしく、それ以上は何も言い返して来ない。よし、今日は久々に口で勝った!と思い、いい気分のまま部屋を出ようとする。私もそろそろ寝ないと眠い。そう思うと出そうになる欠伸を抑え、「じゃあね」とひらひら手を振った。しかし、その手をぐいっと掴まれる。その後は、何を、と問う暇もなかった。振り返ったかと思えばキスをされる。突然の行為に目を見開いたままでいると、唇が離れてからもぽかんとした私を見て、ティエリアは厭味っぽく笑って見せた。


「甘いものは疲れた時に効くんだろう?」
「わ、私は甘くない!」
「いや…」


 十分甘い、と耳元で囁くと、真っ赤になって否定する私の腰を引き寄せ、顎を掴んで顔を固定する。まずい、何かのスイッチを押した、私が。そう思ってももう遅い。二度目のキスで私は何も考えられなくなった。強行手段に出られてしまうと、いくら口で勝っても結果的には負けなのだと身を以て思い知った。












(2010/9/21)