先日、クリスマスには一日二人で過ごすという約束をした。社会人一年目と言うことで忙しく、ゆっくり休むこともできなかったし、就職してからはなかなか休みも合わせにくい。だからそれは私にとっても嬉しいことだった。だからそう決まってからずっと楽しみにしていた。そんな二十四日の朝、着替えてリビングへ行くとティエリアが携帯に向かって叫んでいた――嫌な予感がした。恐る恐る「どうしたの?」と聞けば、思った通りの答えが返って来た。


「緊急で親類が集まって話し合いがあるそうだ。すまない、今日は一緒にいてやれない」
「…………」


 ティエリアの実家は私でも知るほど名前の有名な家で、企業やら政治やらにも関与しており、とにかく私とは世界の全く違う家の出だ。幸い、ティエリアはその家の跡継ぎではないため私との交際が続けられているのだが、家からのお呼びがかかることは珍しくなく、こう言ったドタキャンは初めてではない。しかしティエリアの実家のお陰でこのマンションにも格安で住まわせてもらえているので、私は文句を言える立場ではない。ティエリアだって不本意なはずだ。あまり実家には関わりたくないそうだから。


「明日、は?」
「残念だが、明日の昼過ぎまで」
「…そっか」


 ティエリアが私の事を考えずにそんなことを言っているなら私だって文句の一つや二つ、流石に言っただろう。けれどティエリアは私の気持ちを十分知っていて、ティエリアだってドタキャンの度に申し訳なさそうにするし、いつも「本当は行きたくない」なんて言うものだから、悲しいとか苛立ちとか、そう言った感情を向ける場所がない。私は、ともすれば愚痴を言ってしまいそうな口を閉じて、ティエリアに抱きつく。


「分かった」
、」
「気を付けて、行って来てね」
「…終わったらすぐに帰って来る。少しでも早く」
「ん」


 あやすように髪を撫でられる。
 この人の実家には感謝しているし、恩を感じていない訳ではない。けれど、今日くらいはティエリアを一人占めできると思っていたのに、タイミングが悪すぎる。何もこんな日に親戚会議などしなくても良いではないか。もう一人立ちしている人たちばかりなのだから、こう言ったイベントごとのある日に予定を入れていることくらい察することはできないものなのか。
 でもそれをティエリアに言った所で何の解決にもならない。余計ティエリアを困らせるだけだ。だから私はぐっと飲み込む。押し込

んで、そして笑った。


「待ってる」
「ああ」


 ティエリアの眼鏡を外し、背伸びしてキス。薄く瞼を開けると目が合ってしまい、慌ててぎゅっと目を瞑った。するとすぐに唇が離れる。


「ティエリア…っ」
、可愛い」
「なっ、ばっばか!んっ」


 言葉を遮るように唇を遮られる。本当はティエリアが出る前にこんなことをしたら余計寂しく感じてしまう。惜しくなって、引き留めてしまいそうになる。私より家の方が大事なの、なんて、漫画に出て来るベタなセリフを吐いてしまいそうになる。我儘な女だって思われたくない。ティエリアを困らせたくないし、重荷にもなりたくない。ティエリアと付き合い始めた時、こう言った事態は免れないことは聞かされていたのだから、それを分かった上で付き合っている私がティエリアの負担になるようではいけないのだ。

 それでも、ティエリアを送り出して部屋の鍵をかける時、泣きたい気持ちになった。彼氏のいる友人たちは当然二人で過ごすだろうし、隣の部屋のライル・アニュー夫妻なんて新婚だし、幸せいっぱいじゃないか。どうやっても仕方ないことだし、きっと辛いのはドタキャンを宣告される私よりも言わなければならなかったティエリアの方だ。私が泣いてどうする。


(やること、何もないなあ…)


 外へ出たらどう考えても街はカップルだらけ。そんな中、恋人がいるのに一人でふらふらするなんて惨め過ぎる。暫くテレビのチャンネルをあちこち変えてみたが、好きな女優俳優が出ているドラマの再放送を見ていても何も面白くない。ラブシーンでイラっとしてしまい、とうとう電源を切った。
 ソファに勢いよく寝転がると、その反動で溜めていた涙が溢れる。ああ、私何か悪いことでもしたっけか、なんて思っていたが、次第に考えることすら疲れて重くなって来る瞼。予定も何もなくなってしまったので、それに従って目を閉じた。






* * * * *






 目を開けると、もう夜だった。確か最後に時計を見たのはお昼の十二時だった気がする。寝ながら握り締めていた携帯を開けると、メールが二件入っていた。一件は上の階に住んでいるリジェネさんから(珍しく私を心配するメール)、もう一件はライルから「良かったら遊びに来ないか」というような内容のものだった。以前アニューに、今日はティエリアと過ごすことを話したことを思い出した。彼女もティエリアと親戚だから実家に呼ばれたことは知っているのだろう。しかしせっかくのクリスマス・イヴなのにお邪魔するのは悪い。頭痛で動けないから遠慮させてもらいます、と、できるだけ向こうに遠慮したことを悟られないように断った。けれど、二人とも付き合いが短いわけではない。きっと仮病だということはバレバレだろう。


(とりあえず、夕飯…)


 だめだ、昼食もとっていないと言うのに全くお腹が空かない。結局、キッチンに立ったまま何もする気が起こらなくて、エプロンを取ろうとした手を引っ込めた。代わりに冷蔵庫を開け、缶ジュースを一本取り出す。私もティエリアも飲酒はしないので冷蔵庫にお酒は入っていない。けれど、一本くらい買っておけばよかった。飲んだことはないが、なんとなく自棄酒と言うのをしたい気分だ。こうやって気分が沈んだ時はどうしても無茶をしたくなる。

 コートとマフラーを見につけると、私はベランダに出た。真冬にベランダで冷蔵庫から出したばかりのジュースを飲むなんてただの馬鹿だ。でもこうでもしないとやってられなかった。部屋は広いから一人でいれば寂しさ倍増なのだ。街の明かりをぼうっと見つめながら、少しずつジュースを口に含んだ。喉元を通り過ぎて行く時の冷たさに鳥肌が立つ。やっぱりこの寒さでは飲めたもんじゃない。
 何もかもが虚しく思えて、私は大きなため息をついた。本当だったら今頃ティエリアといたんだろうなあ、何をして、何をはなしていたんだろうなあ、なんて、叶いやしない“もしも”の今日を考えてしまう。左隣のベランダに漏れる明かりを見て、私はますます惨めな気持ちになった。アニューはもう結婚しているから、という理由で多少は融通が利くらしいのだ。結婚している、していないの差の大きさをこんな所で知ることになるとは思わなかった。いや、私は結婚なんて考えたこともなかったのだ。だってまだ社会人一年目だし、ティエリアとはだって結婚の話なんて一度もしたことがない。








『…ねぇ、クリスマスプレゼント、何が欲しい?』

『一日中といたい』








「私だっていたかったよばーか…」


 今頃ティエリアは何をしているんだろう。親戚ってどんな人なんだろう。実家の場所すらはっきり知らないのだ、漫画のように身分違いの恋愛で相手の屋敷に乗り込む、なんてことはできない。いや、知っていた所で現実的に考えるととてもじゃないができない。高い塀を乗り越えるだけの脚力や、警備員を撒いて逃げ回るだけの体力なんてない。漫画と現実は違うのだと、大人になってからも自分に言い聞かせなければならないなんて。
 私はもう一度溜め息をついた。そしてそろそろ寒さに耐えられず、部屋の中へ入ろうとガラス戸を振り返って私は固まった。


「やあ、元気してる?」
「…リジェネさん、どうやって入ったんですか…」
「ティエリアが鞄から目を離した隙に拝借したんだよ」
「それ盗んだってことですよね」
「落ち込んでいるだろうと思ってせっかくメールしたのにからは返事が来ないし、僕が会いに来て上げたんだよ」


 話がかみ合わないのはいつものことだ。確かに落ち込んでいたし気も滅入っていたが、なぜリジェネさんなのだろう。私は少々がっかりにながら部屋の中へ入った。するとそれがまるきり顔に出ていたらしく、リジェネさんに思いっきり頬をつねられてしまった。


「いだだだだだだっ!」
「ははは、変な顔。失礼なこと考えているからだよ」
「…す、すみませ…」
「まあいいよ。それより早く支度してくれないかな。下に車を停めているんだ」
「…は?」
「かわいそうなと僕がデートをしてあげるよ」


 は?
 思わず間抜けな声が出る。なぜいきなりそのような展開になるというのだろう。リジェネさんはいつもトラブルをうちに持ち込んで来るが、今回もいきなりすぎて頭が上手く回らない。そんな私を置いて、「それなりの格好して来なかったら僕が着替えさせるからねー」なんて、ひらひらと手を振りながら部屋を出て行く。少しの間、ぽかんと閉まったドアを見ていたのだが、はっとして自分の格好を見た。服を手抜きしているわけではないが、リジェネさんの言う“それなりの格好”ではない。私は急いでクローゼットを探り、とりあえずはリジェネさんが納得するような服を選ぶ。どうせやることなんてなかったのだ。それにリジェネさんの無茶に付き合わされるのだって大分慣れてしまった。


(もうどうにでもなれ…!)


 メイクもやり直し、エレベーターを降りるとマンションの外へ急いだ。肩で息をしながら玄関を出ると、リジェネさんは「合格」と言って車のドアを開けた。そして乗り込むと、今度はちゃんとドアを閉めてくれる。こんなにも無茶をしておいて肝心な所は紳士的だなんて、やはり教養なのだろうか。そういえばティエリアも…、と考えて頭を小さく振る。今はティエリアのことを考えると余計悲しくなるだけだ。


(…あれ?)

「あの、リジェネさん」
「なに」
「リジェネさんはどうして抜けて来られたんです?」
「追手を上手く撒いて来たんだよ。ティエリアは真面目だからしないんだろうねえ」
「そうですか」


 私は携帯を握り締めた。リジェネさんはメールをくれたけど、ティエリアからは電話どころかメールの一通も来ない。リジェネさんは無茶をしてでも実家から抜け出して来てくれたけど、ティエリアは抜け出すなんてことはしない。裏表がなくて、真っ直ぐで、嘘なんて絶対つかないし、呆れるほど真面目。だからティエリアを好きになったしずっと一緒にいるけれど、時々、そう、こういう時くらいはちょっとくらい無茶して欲しいって思ってしまう。私のことを好きなんだったら、なんて言うと一体私はどれだけ我儘な女なんだって思われるかも知れないけれど、今日くらいどうにかならなかったの、って言うのが私の本音だ。私ばかりが辛い訳じゃないって分かっているけど、そう思うのを止められない。今日は二人でいられるって信じてやまなかったのだから。


ってそんなに僕のこと嫌い?」
「え?」
「そんな暗い顔してたらさすがに傷付くだけどなあ」
「あ、いや、ごめんなさい、そんなつもりじゃ…」
「冗談だよ。それにしたってティエリアも罰当たりだよね、こーんないい彼女を一人にするなんて。僕なら放っておく訳ないのに」


 赤信号で止まると、「ねえ?」と冗談っぽく笑いながら私を見る。私もつられて小さく笑った。すると、「そうやって笑った方が可愛いよ」などと嘘か本当か笑って、また車を動かす。
 リジェネさんが来てくれて良かったのかも知れない。あのまま一人部屋にこもっていたら、ティエリアが帰って来た時に笑顔で「おかえり」なんて言えた自信がない。寂しい、悲しい、泣きたい、そんな気持ちが怒りに転じて要らぬことを口走ってしまう可能性だってある。リジェネさんには感謝しなければならないようだ。


「ところで、どこへ向かっているんですか?」
「どこだと思う?」
「どこ、って…」


 リジェネさんは随分楽しそうだけど想像もつかない。マンションから結構離れてもまだ止まる様子はないし、一体目的地はどこなのか。リジェネさんの私生活だって私は何も知らないので余計行き先は分からない。ちらっとリジェネさんの方を見ると、何か悪戯を企んでいるような表情だ。
 ラジオも音楽も流れていない車内。口を閉じてしまえば沈黙だけがこの空間を占める。知った相手だから何も心配することはないのだけれど、さすがにそろそろ目的地を教えて欲しい。辺りは真っ暗なので景色から場所を割り出すこともできない。リジェネさんからはきっと聞き出せそうにないので、とうとう私は口を噤むことを選んだ。しかし私が静かになると、急に頭を撫でられた。


「もうすぐだよ」
「あ、はい」
は本当に良い子だね」
「そんなこと…」
「あ、着いた。じゃあ僕はこれで」
「え?ええ…?」


 車を停めると「ほら降りて降りて」と私だけを放り出される。そしてそのままリジェネさんは去って行ってしまった。一人冬の路上に取り残された私は、どうすればいいか分からず立ち尽くす。辺りを見渡しても何もない。いや、あることはあるのだ。延々と続いている高い塀、そして私の後ろにはどこの国だと問いたくなるような立派な門。まさかとは思うが、ここがティエリアやアニュー、リジェネさん、の実家なのだろうか。しかもあのリジェネさんの企んでいるような表情に、わざわざ正門の前で置き去りにされた私。この門をくぐれと言われているのと同じではないだろうか。
 それでもこの門を前に躊躇っていると、右手の中にあった携帯が震えた。


『ごめんごめん』
「あの、リジェネさん!?」
『その門のキー教えてなかったね。向かって右端に入力画面があるから。いい?』


 門に近付き、リジェネさんに言われた通りのナンバーを打ち込む。すると、重い音を立てて門が開き始めた。その音が向こうに伝わったのか、「開いたみたいだね、それじゃあ切るよ」と少し早口で言うと一方的に電話は切れてしまった。
 とにもかくにも行ってみるしかない。どのみちここがどこだか分からないのだから、誰かに会わないことには帰れないのだ。私は一歩門の中へ足を踏み入れた。すると、少し遠くから誰かが怒鳴りながらこちらに歩いて来るのが聞こえた。


(…もしかして、)


 聞き覚えのあるその声に、私は足を速める。
 間違えるはずがない。毎日聞いている声、大好きな声、今日ずっと待っていた声。その声が近付くにつれ、私の足は速まる。速く、もっと速く、今すぐ確かめたい。この声が間違いなくティエリアなのだと。一日中恋しくて恋しくて仕方なかったティエリアなのだと。


「っティエリア!」


 その影に向かってめいいっぱい叫ぶ。そしてぶつかるように抱きついた。
 会いたかった。話したかった。触れたかった。お互い仕事で時間がとれない日なんていくらでもあった。けれどこんなにもティエリアがいなくて寂しいと思ったことはない。私より家をとった、そのことを裏切りだとは思わない。けれど、割り切っても割り切っても割り切れなかった。どうしても心のどこかで「私の方が先に約束していたのに」って思ってしまう。確かにここはティエリアの実家だし、私の方がティエリアと過ごした時間は短い。けれど、私は今、誰よりも何よりもティエリアの最優先事項でいたい。ティエリアの一番でないと、やっぱり嫌だ。
 昼間に泣いたと言うのに私はまだ泣き足りないのか、ティエリアに会った瞬間にまたぼろぼろと泣いてしまった。それなのにティエリアは「本当になのか!?」などと、とんちんかんなことを言っている。「私だよばか!」と返せば、ティエリアは携帯も放り出して私を強く抱き締めた。


「リジェネか…」
「わ、わたしだ、て、好きで、きたわけ、じゃ、な…っ」
「…悪かった」
「ティエリア、の、ばかぁ!」
「分かってる」
「ほんとに、分かって、んの…!?」


 分かっている。
 しゃくり上げる私の髪を優しく何度も撫で、あやすように背中を叩く。ティエリアのばか、あほ、なんて言葉ばかりが口を突いて出て来る。本当はもっと違う言葉を伝えたいのに、言うまいとして来た文句しか出て来ない。寂しかった、声が聞きたかった、会いたかった、もっと早く来たかった――そういう肝心なことが素直に言えない。けれど私の暴言ともとれる言葉の一つ一つに、ティエリアは「すまない」「悪かった」と返す。そこにいつもの覇気はなく、反撃の一つもない。それでも緩まらないのは私を縛る腕の強さだ。だから私も、言葉の代わりにティエリアの背中に腕を回した。こんなにも近いのにもっと近付きたくて、ぎゅっと服を握った。


、帰ろう」
「へ?でも、」
といる方が大切だったのに、僕は君の優しさに甘え過ぎていた」


 そう言ってようやく私を解放し、額にキスをする。そして地面に落ちたままになっていた携帯を拾うと、私の方に向き直り、もう一度「行こう」と言った。まるで逃げるように私の腕を攫って駆け出す。どこか焦りながら門のロックを解除し、外へ出たと言うのにティエリアはまだ私を引っ張って走った。何かと思えば、後ろから数人が追い掛けて来ている。そのせいでティエリアは私がヒールを履いていることも忘れて、ほぼ全力疾走。ただでさえ体力差があるのに、私は転ばないように必死だった。けれどもう限界だ。今にも手が離れてしまいそうになる。しかしその時、向こうから見覚えのある車が走って来た。


「リジェネ!」
に免じて、帰るんだったら送って行くけど?」
「っ頼む!」


 押し込まれるように後部座席に乗り込む。私はしばらく荒い呼吸を繰り返していたが、ティエリアに全速力で走られて無事でいられるわけがない。なかなかしゃべることもできず、ぐったりしてティエリアに寄りかかっていた。それを見たリジェネさんはまた「あーあ」なんて零してティエリアを責める。


「で、どこで降ろそうか?…って、がその様子じゃマンションしかないよね」
「ああ」
ー?大丈夫ー?」
「あ、はい…大丈夫です…」


 掠れた声でルームミラーに映ったリジェネさんに返す。


「駄目だよティエリア、もっとのこと考えないと。僕が行った時なんて今にもベランダから飛び降りそうだったんだから」
「そ、そうなのか…?」
「違うよ…!」


 それはあまりにも大袈裟だ。信じるティエリアもティエリアだろう。私の肩を抱く力が強くなったのを感じ、「大丈夫だよ」と念を押すように笑った。
 私が言わない代わりになのか、リジェネさんはマンションに着くまでの間、ずっとティエリアを責めるようなことばかり言っていた。けれどあまり頭には入って来なかった。ティエリアがここにいることがまだ不思議で、夢でも見ている気持ちになる。そう、たった一日だというのにもう何日も会ってないかのような気分だ。今朝のことだって随分昔のことのように思える。お陰で、予定のない一日というのは恐ろしいほど長く感じることが分かった。


「じゃあ僕はこのまま家には戻らないつもりだから。明後日くらいにでもマンションに帰るよ」
「分かった」

「はい?」
「ティエリアが嫌になったらまたいつでも呼ぶんだよ。なら歓迎するから」
「リジェネ!」


 冗談の上手い人だね。私がそう笑うと、ティエリアは眉を顰めて「そうか?」と不審げに言う。車の中でも酷い言われようだったからか、些か機嫌が悪くなっているようだ。エレベーターの中でも終始無言だった。いつもだったら私がキスの一つでもして機嫌を直してやるところだけれど、今日はしてあげない。私を一日待たせたのだから、もう少しそのままでいてもらおう。そう、せめて部屋に前に辿りつくまでくらいは。


「ねえティエリア」
「なんだ」


 部屋の鍵を開けながら私を振り返る。私は背伸びをし、首に回した腕でティエリアを引き寄せて唇を押し付けた。決して長いキスではない。すぐに離れると、ティエリアは目を丸くして私を見降ろしていた。一体今、何が起こったか分かっていないようだ。それならもう一回するまで。今度はティエリアの顔をぐっと近付けて私の高さにまで引く。そしてゆっくりと、今度は深く唇を重ねた。誰かに見られたら、なんて考えない。一日待ったのだからこれくらいしたって許されるだろう。私の息の限界でティエリアを離してやると、珍しくティエリアが赤くなっていた。いつもの私と立場が逆だ。僅かな優越感に浸っていると、ティエリアは私の手を引いて急いで玄関に入る。そして勢いよく鍵をかけ、靴も脱がずに玄関先でキスを求められた。さっき外で私がしたのとは比べられないくらいに長いそれには流石に少しずつ息が苦しくなる。ティエリアの肩を叩いて抗議をしたが離してくれず、ようやく離してくれた時には酸欠で顔が熱くなっていた。


「長…っ」
のせいだ」
「ちが…!」
「部屋に入るまで我慢していたのに」
「私は一日我慢した!一日、ここで、」


 駄目だ、また文句を言ってしまう。
 その次に言うはずだった言葉を飲み込み、本当に言いたかった言葉を吐き出した。「ティエリアを待ってたの」と。


「僕も会いたかった、


 君のことばかり考えていた。真っ直ぐに私を見てそういうと、今度は触れるだけのキスをする。私もティエリアの存在を確かめるように、その輪郭を何度も指先でなぞった。












love the world



(もう離してあげないんだから!)












(2009/12/25 Merry X'mas!)