「ほら、こっち!」


 倒れそうな暑さの中、ティエリアはによって連れ出されていた。その説明など一切なく一方的にだ。お陰で余計ティエリアの機嫌は悪かったのだが、はそのようなこと全くお構い無しのようで、嬉しそうにパステルピンクの日傘をさして、ティエリアの何歩も先を歩いて行く。なぜこの暑さであんなにも元気なのかと思いながら、腕で真上にある太陽を遮った。すると、そんなティエリアの動作に気付いたは近寄って来て、それまで自分の被っていた白い帽子をティエリアに被せた。確かにいい日除けにはなるが、まごうことなき女物だ。


「あはは!似合ってる!」
…」
「誰も見てないし平気だよ。それにティエリアに倒れられたら私、困る」


 首を傾けて苦笑いする。長いこと歩いたため彼女の頬は上気しているが、それでも暑さをまるで知らないような白い肌にティエリアは見とれる。街中を歩く媚びたような猫なで声の女たちとは違い、いつも自然体で風のように自由なは、それでも文句など言うことがない。いつだって文句を言っているのは自分の方で、に宥められてばかりいるのだ。自分より年下のはずなのに、時折姉のように振る舞う彼女は、ティエリアが唯一甘えることのできる存在でもある。


「あともうちょっとだからしっかり!ね?」
「…分かった」
「よし、行こ!」


 そう言ってはティエリアの背中をぐいぐい押した。周りは緑しかないような果ての見えぬ畦道を行く重い足も、彼女に押されると不思議と軽くなったように思える。後ろにの鼻歌を聞きながら、その心地よさに目を瞑りそうになるも転ばないようにしっかり歩く。時々緑の香りの風が噴くと、帽子が飛ばされないように押さえた。しかしいつまでも背中を押してもらっているわけにも行かず立ち止まると、突然だったためが背中にぶつかった。訳が分からないと言うように目をぱちぱちさせる彼女に無言で右手を伸ばす。


「あ、ああ!手ね!手!はいっ」


 太陽のように笑うとはこのことを言うのだろう。手を繋ぐというだけなのに、はこんなにも嬉しそうに笑う。それを見ていると、思わずティエリアの頬も緩んだ。ティエリアが握っている以上の力では手を握り返し、また鼻歌を歌う。これほど近くにいて互いの熱でより暑くなるはずなのに、不思議とそれが不快ではない。
 そうしてもう少し歩くと、道の先に何か黄色いものが見えて来た。なんなのかと思えば、は目を輝かせて急に走り出した。意外と強いその力に前に転びそうになったが、それをも防ぐほどの力で、ティエリアに構わず走り続ける。彼女に被せられた帽子が飛んで行きそうになり、それならいっそのこと、と自分の頭から帽子をとる。


!」
「もうちょっとだよ!走ろう!」
「走る前に言え!」
「あはははっ!」


 走る度に翻る白いワンピース。その裾からは負けないほど白い足がすらりと伸び、地面を蹴って目的地へと走る、走る、走る。体力としては絶対にティエリアの方が上のはずなのに、どうやら条件が悪かったらしい。日本育ちで暑さに慣れていると、宇宙育ちのティエリアでは、条件によっては身体検査時の数値などあてにならない。止まってからも息が切れて仕方ないティエリアは、しばらくしゃがみ込んで呼吸を整える。肩で息をするティエリアに、が「ごめんね、大丈夫?」と言いながら水の入ったペットボトルを差し出した。凍らせてあったらしいそのペットボトルは、この暑さでも温くなることはなく、寧ろ丁度いい加減に半分ほど溶けている。その水を口にすると、身体の内側からすっと冷えて行くようだ。
 そしてペットボトルをに返してふと顔を上げると、目の前には一面にひまわり畑が広がっていた。その景色に思わず息を呑む。


「ね、すごいでしょ?」


 の言葉に何も返せないまま、ティエリアは広がる色を見つめ続けた。彼女の言葉を聞いていないわけではなかったが、雲一つない空の青とひまわりのなす鮮やかなコントラストは、言葉も出ないほど美しい。写真でしか見たことのなかったこの景色を、自分の目で見られる日が来るとは思わなかった。


「これを見せたかったの。私も毎年ここに種を埋めててね、それからずっとここのお手伝いもして来たんだけど最近は、ね…」


 僅かに寂しそうな色を孕んだ目を細め、また隣に立つティエリアの手に自分の手を絡めて来る。今度は、とても優しい力で。
 陽光を受けて育ったその花は、まるでそれ自身が光っているかのように眩しい。ひまわりを見て、ティエリアは気付いた。彼女の笑った顔は、太陽よりもひまわりに近い。きっと彼女もひまわりのように、周囲から燦々と愛情を受けて育って来たのだろう。だから、きっと彼女も眩しく見えるのだ。


「いつか大切な人ができたら、絶対二人でここに来ようと思っていたの」
「そうなのか」
「元気になるでしょ?夏の間にしか咲かないけれど、私、ずっとここでいっぱい元気をもらって来たの」
「確かに、嫌なことなど飛んで行くようだな」
「…気に入ってくれた?」


 控え目に日傘の下でそう訊ねる。そんなに小さく笑ってティエリアは答える。


「君が好きなものを嫌いになる訳がないだろう?」


 日傘を持つ手を掴んで日傘を退けさせると、にキスをした。その瞬間、夏の風が吹きぬける。ここでは風すらも太陽の気配を纏い、夏を運んで行くようだ。やがて唇が離れるとはティエリアに屈むよう指示をし、また日傘を構える。そして何か企むようににこっと笑うと、空いてる手でティエリアの肩に手を置き、今度はが唇を押し付ける。


「…もっとイケナイことしちゃう?」
「日射病の恐れがあるから却下だ」


 即答し、日傘の下から抜け出す。「じゃあ帰ってからだね」などと昼間から恥じらいもなくのたまうに面食らいながら、ティエリアは「勝手し言ってろ」と返事をした。












(2009/8/27 太陽に愛された子と宙に愛された子)

なんとか夏のイベント一個だけクリア!←
しかし最近私の書く女の子が下品です…