一緒に仕事をしていても、ここは別世界。

 その日、頼まれた書類を捜査企画課に届けに行くと、いつも以上に慌ただしいようすだった。ドアをノックしようとすると飛び出して来たのは青山さんだった。ぶつかりかけて避けたものの、「すまない!」とだけ言うと急いだ様子で去ってしまった。いえこちらこそ、と返す隙すらなかった。その一連の流れを見ていた関さんが、すかさずフォローに入って来た。

「すまない、大きな案件が動いたんだ」
「いえ、タイミング悪かったですかね」
「大丈夫だよ。一昨日言っていた資料かな」

 はい、と返事をしてバッグからA4サイズの茶封筒を取り出す。いつも必要以上の長居をしているわけではないけれど、今日は本当にすぐお暇した方が良さそうだ。恐らく、これから捜査企画課は空になる。他の課員たちも緊張した面持ちで動いていた。
 私の仕事もイレギュラーなことがない訳ではない。捜査企画課に関わるようになってからは、以前以上に。けれど、やはりここの空気は独特だと思う。仮にもし、私がマトリになっていたとして、務まっていたとは思えない。

?」
「…それでは失礼します」
「せっかく来てもらったのに追い返すような真似して悪かったね」
「とんでもないです、お気を付けて」
「ああ、ありがとう」

 関さんには、私の仕事にはない命の危険が付き纏う。生傷が絶えない、と言うほどではないけれど、怪我をしている所も見かけるし、相手が銃を持っている現場も多いと言う。関さんは武道にも優れているとは玲ちゃんからも聞いたけれど、それと心配しなくて良いということとはイコールではない。所用で捜査企画を訪れた時、関さんがここにいることにほっとする自分がいる。決してそれを本人に伝えることはこれから先もないけれど、現場に出ると聞いた時の胸騒ぎも、背中を伝う冷や汗も、決して気持ちの良いものではない。私にできることと言えば、ただ無事に帰って来ることを祈ることくらいなのだ。
 ドアの外まで、と関さんは送り出してくれる。私もそのまま去ろうとした。けれど、緊張しながら足を止める。振り返ると関さんは不思議そうな顔をしている。

「あの、これ」
?」
「大きな仕事の後に、よく食べるんです、甘いもの」

 鞄の中から、今朝コンビニで買ったばかりのチョコレートを取り出す。それを、関さんに押し付けた。甘いものが好きかどうかも知らない。チョコレートが苦手かも知れない。別に、こんなことする必要はなかった。私の心配なんて関さんには何の関係もなくて、私が気を揉んだからってどうなることでもない。だからこれはただ、自己満足だ。私が何かしないと気が済まなかっただけ。

「み、皆さんで!あとで食べて下さい!少ないですけど…」

 たった一ダースのチョコレートを、目をぱちぱちしながら見つめる関さん。しかし、すぐにいつものように優しく笑って「ありがとう」と言う。
 私にできることなんて、この場において何もない。ただ、この後で現場から無事に帰って来て、このチョコレートを口にしてくれる夜があるようにと祈るだけ。私の気持ちを見透かしてか、けれどそれに気付かないふりをする。この場を離れたくない気持ちだけは悟られないように、私はすぐに背中を向けて捜査企画課を後にした。

 後日、「本当にみんなで分けようと下から全力で止めておいた」と玲ちゃんから連絡が来たのは、また別の話。