俺は、この図書館では古株の方だ。最初の頃はうちの司書サンもアルケミストとしての力を上手く扱うことができず、有魂書への潜書もよく失敗していた。長らく少数精鋭で奮闘していたものの、個々の負担が大きいと感じるようになって来た頃、ある日突然その才能に目覚めたのか、続々と新たな文豪を転生させられるようになった。助手の任を重治から引き継いでいた俺も、更に別の人物へ助手の役目を引き渡すこととなった。
 助手というのは、アルケミストである司書サンを補助することが仕事だ。けれど、あろうことかお人好しな司書サンは「なんか放っておけないから」という理由で萩原サンを助手にした。自分の負担が増えるだけだろうに、案の定萩原サンが来た直後に来た室生サンの手も借りている所を何度も見かけた。

「重治、あれはいつか倒れるんじゃないか」
「まあでも、本来あの人は人の世話を焼きたがる気質だからね」
「俺も世話にはなったが」
「僕もだよ。だから、本当に音を上げそうになった時に僕たちが手を貸せばいいんじゃないかな」

 何せ僕らは最初からいるんだから―――司書サンと萩原サンを見ながらそういう重治からは、何か不穏な気配がしなくもないが、そこには触れないでおく。重治には重治なりのプライドがあるのだろう。それこそ、司書サンが着任して最初に選んだ相手だ。俺や萩原サンが知らない苦労も見て来たのだろう。今でもいざという時の相談相手は重治か俺だし、坂口サンを転生させる時も潜書を任せてもくれた。助手を解いたからと言って蔑ろにする人ではない。ただ、何と言えばいいのだろうか、最近の司書サンは萩原サンと何かいい雰囲気な所がある。それを見るとどことなく複雑な気持ちにはなるのだが。

「妹を嫁に出す気分だよ…」
「……なるほど」

 重治の零した一言に頷いた。当初、俺と重治であれやこれやと司書サンの世話を焼いていた。かの時代の文学史を殆ど知らない司書さんに、家庭教師のように教えていたのが、助手を解かれた重治だ。確かに毎日見かけたあの図は兄妹のようだった。助手をしながらではあれはできなかった、と笑う重治に、俺はほっとした覚えがある。
 なるほど、妹。確かに妹に男ができたらこんな気持ちかも知れない。萩原サンとはあまり話したことはないが、萩原サンに限って間違いはないと思うが、もし司書サンを泣かせるようなことがあれば―――いや、よそう。司書サンは楽しそうに萩原サンと喋っている。当面俺と重治の出番はなさそうである。

「ま、あの二人まだまだくっつきなさそうだけどね」
「だな」

 どこからどう見ても恋仲の二人なのに、あろうことかまだそういう仲ではないらしい。室生サンだけでなく芥川サンまで見かねて口を挟んだのだと、この間そんな噂は聞いた。二人の仲に気を遣わなくてはならなくなるならば今のままでいいと思うが、皆はそうは思わないらしい。そう思っているのはこの図書館では少数派で、いや、俺と重治くらいで、声を大にしては言えない。誰もが司書サンの幸せを願っている。その手助けこそすれ、邪魔をしたり疎ましくなんて思わないのだ。もちろん、邪魔をしてやろうなんて気持ちは微塵もないが、俺たちの司書サンだったあの人が、いよいよ誰か一人のものになるというのは、何とも言い表しがたい気持ちになってしまうのだ。

「まあ彼の師に睨まれるのはごめんだからここだけの話だけどね」
「ああ、そうだな」

 こちらに気付いた司書サンが笑って手を振る。それに振り返すと、司書サンの後ろに隠れていた萩原サンも会釈をしたのを見て、重治の顔が引き攣る。言いたいことは何となく分かったが、とりあえず重治の脇腹を結構な力を込めて肘で突いておいた。











(2017/04/16)