春の陽気が差し込むようになった頃、もうここへ来て半年が経つことに気が付いた。図書館の庭に植わっている桜の木の蕾も膨らんで来た所だ。この間までの寒さも和らいで、図書館の隅っこで転寝をするよりも、こうして外に出る方が心地いい。休館日の今日は、各々が好きなように過ごしている。私のように外に出ている人は少ないけれど、賢治くんや南吉くんは朝からあっちへこっちへと駆け回っているようだった。しかし、昼食もこの時間帯ならさすがにみんな一服しているらしく、非常に静かだ。居住棟の方がかえって賑やかかも知れない。そう思い、私は最近読んでいる本を片手に庭に出て来たのだった。
 どこから聞きつけたのか、最近私がよく読書をしているとのことで、本を勧めて来る人が多い。そんなに一度に持って来られても机の上に積まれて行くだけなのに、お陰でその本の山は低くなる気配がない。図書館の年次研究もあり、合間を縫ってこうして順に本を読んでいる。

「司書さん、こんな所に…!」
「どうしました?」

 息を切らしながらやって来たのは朔先生だった。ここの所、休館日にはよく朔先生が詩歌について教えてくれていたのだが、どうも今日は乱歩さんにマジックの手ほどきを受けていたようだったので声をかけなかったのだ。そこでこっそり、詩歌以外の本を持って居住棟を抜けて来たのだが、どうも、いつも朔先生にはすぐに居場所が見つかってしまう。朔先生に言わせるとそうでもないらしいけれど、いや、そもそも休館日にまで私を探す人がいないだけだ。

「本を持って、外に出て行ったのを見たって…」
「ああ、これを読もうと思って」
「小説……」
「ずっと買い続けている本の続きがこの間出て、それを読もうかと」
「そ、そっか……」

 それよりいいんですか、と訊くと、朔先生は「何が」とでも言いたげに首を傾げた。そして、おずおずと私の隣に腰を下ろす。

「乱歩さん、放って来ちゃったんじゃ…」
「それは、その、大丈夫です…!」
「わわ……!」

 ずいっと、急に顔を近づけられて思わず身を引くと、バランスを崩して後ろへ倒れ込む。そんな私の手首を引っ張ろうとした朔先生も同じく。二人して世界が反転してしまった。何をどうしたのか、朔先生が私の上に倒れ込んでいる。その肩越しに、木の枝からよく晴れた空が見えた。
そういえば、社会人になってからこうして外で寝転ぶなんてこと、しなかったなあ。そもそも就職したのも都会だったし、空が広いことすら忘れていた。徐に手を伸ばすと、あたたかい風が指の隙間をすり抜けて行く。朔先生が何か言ってるなとか、なかなか起き上がらないなとか、頭のどこかでは思っているのだけれど、それよりもこのままこうしていたいという気持ちの方が強い。そのまま、何も考えずに朔先生の背中に腕を回す。そういえば、前にもこんなことがあったような気がする。その時は確か、逆の立場だったけれど。

「司書さん、司書さん、」
「すみません……急に眠くて……」
「……自分も、です」
「ちょっと、寝ましょう」
「い、いいのかな……」
「今日はお休みですから」
「……そうじゃなくて…」

 何かまだ言っていたけれど、昼食後ということもあってかなり眠い。一度寝転んでしまったら起きる気が無くなってしまった。朔先生も巻き込んでしまったけれど、もう腕を動かすことも怠い気がする。でもちょっと待ってください、と朔先生が言うと、私の腕からすり抜けて、逆に私を抱きこむように体勢を変えた。

「司書さん、潰れてしまうから」
「そんな弱い人間じゃないですよ」
「でも、だめだ」

 私の頭をぐっと引き寄せる。聞こえるはずがないのに、朔先生の心臓の音が聞こえるような気がした。












(2017/03/15)