「さ、犀……!!」 息も切れ切れに走ってきた朔の顔は真っ赤だった。あ、転ぶな、と思った時には既に遅く、俺に辿り着く手前で見事派手に転んでしまった。 「落ち着けって」 「でも、大変なんだ」 「大変?」 「司書さんから、手紙を頂いてしまって」 青ざめたり真っ赤になってみたり、忙しそうだ。その司書さんからの手紙というのも、裏では白さんが手を引いていることは知っている。なにやらけしかけていたのを先日見掛けたのだ。ああ見えて白さんは大分朔のことを可愛がっているし―――全然伝わってないけれど。 「読んだのか?」 「ま、まだ……」 朔の手に握られている封筒には、確かに“萩原先生へ”と書かれており、封は開けられていない。まあ確かに、朔の性格を考えればすぐ開封なんてできないのは想定しておくべきだった。 こうなったのも、朔が先日司書さんに手紙を書くと言いながら書かなかったことが原因だ。さりげなく探っていた白さんが、まだ朔から司書さんに手紙を出されていないことを知り、「君から彼に送ってやればいいのだよ」と、事情を知らない司書さんからすればよく分からない助言を送っていた。朔が司書さんに恋心を抱いているのはまだ俺と白さんしか知らない。 「せっかくもらったんだから読めって」 「で、でもこの間の潜書の件だったら…」 「そんなこと咎める司書さんじゃないだろ」 「そうだけど…司書さんは優しいから面と向かって言えないだけかも知れない」 「優しかったら手紙で責めることこそしないぞ。それは陰湿って言うんだ」 「司書さんはそんな人間じゃない!……っじゃ、なくて……!」 本当に司書さんが好きなんだなあ、とは思うが。だったら、それこそ返事をくれる気配のない白さんより、恋をしている司書さんに手紙を書いた方がいいのではないか。今のところ、司書さんに手紙を送ろうなんて人間、ここにはいないわけだし。その内面白がって白さんが首を突っ込んでくる前に。 「とりあえず、読まないと失礼だぞ」 「そっか……」 俺も中身が気になりはする。見せてくれるかどうかは別として。 「え、えっと……」 …簡単に見せてくれた。いや、この場合、一人で見るのが怖かったのだろう。 ―――萩原先生。先日、萩原先生の本を読みました。ただ、現代に生まれた私には少々難しい言い回しや表現があるので、白秋先生の序文も含め、お暇な時にでも解説してもらえると嬉しいです。 「よかったな!朔の本に興味を持ってもらえたってことじゃないか!……朔?」 「し、司書さんが僕の本を……?何かの間違いじゃ」 「いやいやいやそこは素直に喜べって」 「司書さん……」 何度も何度もその短い手紙を繰り返し読んでいる。もどかしいことこの上ない。朔はこんなにも分かりやすく司書さんに恋い焦がれていて、司書さんは司書さんで朔を放っておけなさそうにしている。ともすれば簡単にくっつきそうなものなのに、どうしてか円滑には進まないようだ。司書さんからの手紙を読む朔の姿は、こんなにも初恋の相手に恋文をもらったような顔をしているのに。 「朔、返事書かないとだめだぞ」 「え、」 「そりゃそうだろ。お前だって白さんからの手紙を待っているように、司書さんだって朔からの返事を待っているに違いないんだから」 「そうかな…」 「そうだよ」 白さんだけに任せておくのは心配だ。まだもう少し、お節介を焼く必要があるらしい。 |