アイドルは、忙しい。そりゃあもう、一般人の私に比べればとんでもなく忙しい。と、思う。気付けば離島でロケをしていたり、一晩中スタジオに籠っていたり、深夜のラジオ番組に生出演したり、私には想像できないめまぐるしさだ。だから誕生日に一緒に過ごせるなんてことは最初から思っていなくて、諦めというか、それが当たり前だと思っていた。別に、当日でなくても後日一緒に過ごそうと言ってくれたし、何の不満もない。彼がアイドルになっていると知った時から、普通の恋人たちのようにはできないことは分かっていたから。 (でも、それと寂しいのとは別よね……) 明日の―――彼の誕生日のことを思うとちょっとセンチメンタルにはなった。今は大事な時期だって真剣な顔をして言っていたし、邪魔はしたくない。前日だからって電話をするのも躊躇う。しかももう23時を回ってしまった。こんな時間に連絡を入れるのは迷惑だろう。携帯を放り出してベッドに倒れ込んだ。 今日も、連絡はなかった。こんなことは別に、珍しいことではないじゃないか。いくら誕生日が特別だからって。最後に来たメールを開けてみる。三日前だ。世の中の恋人たちはどれくらいの頻度で連絡を取っているのだろうか。あまり周りには相談をしたくない。相手が誰だか問い詰められても返答に困るからだ。周りの認識は飽くまで私は彼氏がいない、だ。 うとうとし始めたその時、まるでドラマのようなタイミングで彼から着信が入る。 「はっはい!」 『、夜遅くにすまない』 「う、ううん、まだ起きていたし大丈夫。どうしたの?」 『いや……』 電話の向こうで口ごもる。もしかして、誕生日以降に約束していた日にも仕事が入った、とか。沈黙のせいで嫌な予感が頭をよぎる。 『に電話したくなっただけだ』 「……あ、そ、そっか…!うん、大丈夫…!」 何が大丈夫なのかよく分からないけれど、突然に投下された爆弾にそれ以外の言葉が思い浮かばなかった。こうして彼は平然と言うけれど、ちょっとはこっちの心臓の心配もして欲しい。彼はどうかなんて聞いたことはないけれど、私の方は恋愛経験だって豊富なわけではないのだ。今だって電話越しに声を聞いているだけでどきどきする。こういうのって、慣れるものなのだろうか。緊張せずに発信ボタンを押せるようになる日が来るのだろうか。今はメールでもなんでもあるけれど、それでも声が聞きたい時、「電話がしたい」と彼のように簡単に言えるように。 「あ…明日、仕事でしょ、こんな時間まで起きてて大丈夫なの?」 『は俺をいくつだと思ってるんだ…』 「あ、あはは……あ、ねえ、明日は何の仕事なの?」 『……明日は、』 「そういうのって言っちゃ駄目なんだっけ?ごめん、別に追及したいわけじゃなくて…」 『ああ、分かっている。構わない、明日は一日ラジオとテレビの収録だ』 新曲の発売が近いからな、という声は心なしか嬉しそうだ。電話越しの彼の表情を思い浮かべる。きっとやっぱり、いつもより嬉しそうにしているんだろうな、と思うと私も嬉しかった。彼らが世間に注目されればされるほど、誇らしく思う。 それと同時に、「でも、彼女は私だ」なんて、絶対彼には言うことのできない意地、みたいな気持ちも浮かんで来る。独占欲とは違うけれど、…こういうの、なんて言えばいいんだろう。 「ラジオ、聴けたら聴くね。時間によっては寝てるかもだけど」 『多分夜遅くだろう』 「百ちゃんたちの出るラジオ好きだよ、賑やかで」 『そうか』 「レギュラー番組、持てるといいね」 『ああ』 「最近はパソコンでもローカル番組聴けるし…SNSでもよく話題になってるよ」 『…よく、見てくれているんだな』 そりゃあ、そう言うところから得る情報が一番多いからだ。本人に直接会えないなら、他の媒体から得るしかない。そうすると、自然とこれまで雑誌なんてほとんど買っていなかった私が部屋に雑誌を積み上げるようになり、彼らの出ているテレビ番組を録画していたらデッキの容量がいっぱいいっぱいになって来た。あまり買わなかったCDも買うようになった。確実に、私の生活は彼を中心に回っている。彼に受けた影響はとてつもなく大きい。…多分、それを言えたならちょっとは可愛げがあるのだろうけれど、恥ずかしさが勝って言えるはずもなく。 『俺は、の生活をあまり知らない』 「…仕方ないよ、お互い忙しいじゃない」 『そういう問題じゃない。知りたいんだ、俺が』 「……うん」 どうしよう、泣きそうだ。察しが良い彼の前で、たとえ電話越しであろうと泣くまいと決めていたのに、そんなことを言われたら胸がいっぱいになる。 多くを語らない彼と、問うことをためらう私。それじゃ、いつまで経っても進まないままだ。せっかく、誰よりも“特別”なポジションに置いてもらっているというのに。進めるには、どちらかが動くしかない。 「今度、いっぱい話しよう?」 『ああ、そうだな』 「あ」 『どうした』 「誕生日おめでとう」 『日付、変わったのか……』 「狙って電話してくれたんじゃないの?」 『いや…ちょうど、空いた時間が今だったから』 「まあでも、ちょうどよかったね」 『から一番に祝ってもらえた。それでじゅうぶんだ』 それだけじゃ足りないよ、と苦笑いする。さっきよりもまたトーンの上がった彼の声を聞き、私の気持ちが少し満たされる。やっぱり今日―――誕生日を過ごせないことが寂しいことに変わりはないけれど、それに代わる何かが冷えた心の底を温めて行く。約束の日が楽しみになって、今日はよく眠れる気がした。 『それじゃあ、また電話する』 「うん、待ってる」 |