いろどり

「夏祭り!いいなあ!」

 もうすぐ夏祭りイベントのライブに出演するのだと伝えると、途端に彼女は目を輝かせた。普段大きな声を出すことの少ない彼女のはしゃぎっぷりに、一瞬気圧された。

「別に珍しくもないでしょう。変わった祭りでもありませんし」
「んー…私、お祭り自体行ったことがなくて」

 少し寂しそうにそう言うと、再度、いいなあ、と口にする。
 そう言えばは、子役時代から活躍していた元女優だ。幼い頃から仕事が絶えず忙しければ、縁日など経験したことがないのかも知れない。ドラマでそう言ったシーンがあれど、それは飽くまでドラマであって、プライベートで友人と行くものとは似て非なるものだろう。…彼女にどんな友人がいるのか、あまり話を聞いたことはないが。

「出店でしょ、花火でしょ、あっ!林檎飴食べたいなあ」
「来るつもりですか、
「行けたらいいけど、忙しいかも」

 時間があればCrazy:Bのライブに足を運んでいてくれた彼女だが、皮肉にも彼女の手がけるコスメに桜河がCMキャラクターとして出演して以来、多忙を極めるようになってしまった。他にもES所属ユニットの衣装を手掛けたりと、今やES内で彼女を見ない日の方が少ないくらいだ。ホールなどでのライブは無理矢理時間を作ってくれているようだが(しかも彼女は自分にそれがバレていないと思っている)、無料観覧できるようなイベントライブにはめっきり顔を出さなくなっていた。

「屋外でパフォーマンスするひめるくんなんて貴重でしょ」
「そうですか?」
「あんまり日光って似合わなくて」
「それはアイドルとしては致命的ですね。イメージ修正しましょう」

 冗談を言ったつもりはないのだが、至極愉快そうに彼女は笑った。時間があれば来て下さい、と一応声をかけるが、やはり彼女の返答は芳しくない。
 自分にも少し、下心があった。別に二人きりでなくとも、あわよくばCrazy:Bのメンバーと、彼女とで祭りを少しでも回れるのではないかと。それは四人と一人でなくてもいい。自分と彼女の二人きりでなければ組み合わせはなんでもいいのだが。
 桜河の顔が浮かんだが、如何せん桜河は彼女と仲が良過ぎる。それはそれで、彼女に惚れている身としては面白くない。だが、最低三人で一緒にいて違和感がないのは、どう考えても自分と桜河と彼女だった。なんとなく彼女は天城に対して苦手意識を持っているようでもあるし、人選としては桜河が適任と言わざるを得なかった。…などと、妄想も大概にしなければならない。現実的には彼女はこの祭りに来られる可能性の方がずっと低いのだ。祭りを体験させてやれるいい機会だとは思ったのだが。

「私の分もひめるくんが楽しんで来てよ。それで、どんなだったか教えて」
「分かりました」


***


 そんな話をしたのが先月の半ば。件の夏祭りライブが終わり、そのままの足での部屋を訪れた。

「ひめるくん、これは一体……」
「お土産です」
「にしても、多いね?」

 天城にも、誰への土産だと含みのある笑みを浮かべながら言われた所だ。一つ一つは小さいものの、意外と重量感があるものや嵩張るものが多い。一つ二つと思っていたのに、気が付けば両手が塞がってしまった。椎名に羨ましそうな顔で見られたのを思い出す。少しくらい椎名に譲って来れば良かっただろうか。ビニール袋に入ったそれらをどさりとリビングのテーブルに置く。その様子を見たが笑った。

「ふふっ、持って来るの大変だったでしょう。うちで屋台が開けそうだもんね」
「ええ、もう腕が攣りそうでした」
「林檎飴、ぶどう飴、どんぐり飴……ええぇ、飴ばっかり!?で、ベビーカステラ…こっちは焼きそばにたこ焼き、ひめるくんとは思えないチョイス…」

 炭水化物のダブルコンボは、悪ノリした天城と桜河に半ば強引に買わされたものではあるが。お陰でここに来る際、タクシーの中をソースの匂いで充満させてしまったではないか。そのエピソードも話すと、は声を出して笑う。
 最近、疲れた顔を見ることが多かった。疲れたとは言わないものの、会話の合間にうとうとしたり、家でもパソコンに向かって仕事をしたりしていることも少なくなかった。そんなの明るい表情に、少しほっとする。やっぱり、彼女は笑っている方がずっといい。

「冷蔵庫に入れれば明日くらいまでもつでしょう」
「ひめるくんも一緒に食べてくれるの?」
「まあ、買って来た責任は感じています」

 手を付けなかったとしても、星奏館に持って帰れば椎名なら喜んで食べそうな気はする。が、どうも手土産の全てに目を輝かせているを見ると、その提案は無粋だろう。

、今度花火もしましょう」
「そりゃ、したいけど、場所ある?」
「ESの敷地内で見繕っておきます」
「…私が入っても咎められない所にしてよ」
「空中庭園など良いかと思ったのですが」
「どう考えてもお咎めありでしょ…。ひめるくん、そんなに花火したいの?」

 花火がしたいのではない、と花火がしたいのだ。そんな言葉が口をついて出そうになって、誤魔化すように咳払いをする。
 この部屋以外でと二人で会うことは難しい。どこで誰が見ているか分からない中、危ない橋は渡るべきではない。だから、当然花火をするにしろ二人きりではない。それは、自分との間にある暗黙の了解だ。面白くはないが、やはりここは桜河に協力を仰ぐしかなさそうだ。
 林檎飴に苦戦するがおかしくて笑うと、ぶすっと唇を尖らせる。その口の端に飴についた飴の欠片に気付いて取ってやると、の頬がさっと赤くなる。指先を掠めた唇の柔らかさに、こっちまで緊張してしまった。