つぐみ

「おっ、メルメルの愉快な仲間」

 エレベーターのドアが開き、私の顔を認識した瞬間、その人物は私をそう称した。私の知る限り、私のこともひめるくんの事もそんな呼び方をするのは、たった一人しかいない。

「お疲れ様です、天城さん」
「上から来たってことはスタプロで仕事か?」
「…そうですね」
「そりゃお疲れ様だなァ!」

 天城さんの推測通り、私はさっきまでスタプロの事務所で打ち合わせに顔を出していた。最近はアパレル関係の仕事もしているとはいえ、まだアイドルの衣装制作なんて請け負った実績はない。にも拘らず、今度のライブ衣装に華やかなものを採用したいと言うfineの希望により、私が指名を受けたのだ。慣れない現場に気疲れしていた所へ、この人物の登場により追い討ちをかけられた。一階までの我慢だ、と思いながら、気持ち彼と距離を取った。とはいえ、エレベーター内は狭く、顔見知りの相手との密室はやたら気まずい。こう言う時に限って、止まっても止まってもエレベーターホールでで待っている人はいない。なぜだ。そして、いつも饒舌なはずの天城さんも喋らない。なぜだ。

「…………」
「…………」

 駄目だ、耐えられない。
 
「…ひめるくん、元気ですか」
「そりゃちゃんの方が知ってんじゃねぇの」
「そんな訳ないですよ」
「そんな訳ありますよ。俺っちたちはプライベートに干渉しないユニットなの」

 そうだろうか。うちに来た時のひめるくんは、意外とメンバーの話をよくするのだが。…いや、そう言えばひめるくんから天城さん達以外の話をほぼ聞いたことがない。付き合いが長くなって来てなんとなく勘づいていたが、もしやひめるくん、友達がいないのでは。

「メルメルのことはちゃんが一番よく知ってるよ」
「そうでしょうか」
「愉快な仲間の癖に弱気じゃねェか」
「いや、弱気とかそんなんじゃなくて」

 単に共通の話題がひめるくんくらいしかないから出した話題だったのだが、なんだか思わぬ方向に話が進んでいる気がする。そんな重い話を彼と展開するつもりはなかったのだが。
 天城さんは、片手でスマホを操作しながら、片手間に私と会話をしている。の割に、ふざけてなどおらず、そのトーンは至極真面目である。今更ながら、ひめるくんの話題を出したのは失敗な気がした。

「メルメルってさ」
「はい」
「いい奴だからさ」
「はい」
「よろしく頼むわ」
「はい?」

 じゃ、と言って天城さんは途中でエレベーターを降りる。スマホを持ったまま私にひらひらと手を振っているが、私は彼の言った言葉の解釈が追いつかず、なんのリアクションもできないままエレベーターの扉は閉まってしまった。
 彼らのユニットの噂は、私でもよく知っている。ひめるくんには“時々”ライブを観に行っていると言っどうしても
 たが、実はほとんど全て観に行っているのだ。もちろん、褒められたパフォーマンスをしている人たちじゃない。けれど、個人的にひめるくんと付き合いがあり、メンバーとも顔見知りの私は、どうしてもその全てを非難することはできない。
 一階に到着すると共に、バッグに入れたスマホが震える。エレベーターを降りてスマホを取り出して通知を見ると、届いたメッセージは先程別れたばかりの天城さんからだった。

『メルメルは元気だってよ』

 そんな一言と共に、ひめるくんの写真が添付されている。天城さんがスマホのカメラを向けたのであろう、滅多に見ないひめるくんのアイドルとは思えない歪んだ顔に思わず笑ってしまう。カメラを退けようとしたのか、ブレた手のひらも画面の隅に映り込んでいた。
 直後、続けてひめるくんからもメッセージが届く。さっきの写真はすぐに消すようにとの旨が書かれていたが、そのご希望に反して私はしっかりと写真フォルダに保存した。
 天城さんの言葉を思い出しながら、天城さんも本当は良い人なんだろうなと思った。