ひかり

 ライブ終わり、楽屋でメンバーを問い詰めた。

「誰ですか、を呼んだのは」

 ライブ中にちらりと見えた関係者席にいたのは、間違いなくだった。が特に懇意にしているESのアイドルなんて限られている。自分が今回のライブのチケットを融通したのでなければ、犯人はこの三人の内の誰かに違いない。
 椎名は何のことだかさっぱり分からないという風に狼狽えている。天城は「やっぱあれチャンだったかァ!」となぜかこちらを指差して笑った。となると。

「桜河」
「…………」

 不自然に目を逸らした桜河こそ、今回の犯人だ。

「桜河ですね」
「し、知らん」
「他に誰がいるって言うのですか」
「そ、それも知らん、はんの交友関係なんか全部知っとるわけないやろ」

 そうは言うものの、それにしたってあまりに誤魔化しが下手過ぎる。誰がどう見ても桜河がに関係者チケットを融通した犯人にしか見えない。
 東京ならまだしも、大阪公演にが来ているなんて誰が想像するだろう。だって暇ではない、特に最近は出張だなんだと飛び回っているとよく聞く。お陰でと過ごす時間が最近は取れなかったのだ。それがまさか、こんな形で会うことになるなんて。

「ひ、HiMERUはんが悪いんやで! はんにお金使ってライブ来んなっち言うから!」
「えっ、HiMERUくん、さんにそんなこと言ったんすか!?」
「まあチャンも元芸能人であの見目だから、ナンパされるかもって心配してんだろ、メルメルはよ~」
「全て誤解です!」
「そんなこと言ってっと目移りされるぞメルメル」
「五月蝿いですよ!」

 確かに、似たようなことはに言った。わざわざ自分の活動にがお金を使う必要はないと。自分とはそういう仲ではないから、そういう尽くし方をしなくてもいいと。はそういうつもりではないとは言っていたけれど、心苦しくないわけがない。それに、に見て欲しいのはステージ上の自分ではないのだ。間違いなくステージの上の自分も自分だけれど、作り上げた自分ではなく、と一対一で対峙する自分を見て欲しいと伝えたのに、それでもはこうしてこそこそとライブに現れたり配信を見たり、CDやDVDを買ったり、出演した番組から果ては雑誌までチェックしていることがある。自分が言及してからは特に、それを隠すようになった。
 そして今回、とうとう桜河と結託したというわけだ。

「今日大阪に来たがってたんははんや! わしに止める権利はない!」
「そうだそうだ!」
「椎名」
「ヒッ」
「こはくちゃんのお陰でチャンはお金をかけずにライブを見れたわけだろ? 何が不満なんだよメルメルは」

 それはそうだ、そうなのだが。まさかの天城に正論を突き付けられて反論できなくなる。
 あの関係者席で、は笑っていた。自分がに気付いているとは露知らず、楽しそうに笑っていたのだ。しばらく会っていないのあんな表情に、たまらなくならないわけがない。
 気まずい空気が楽屋に流れる。ライブ終わりとは思えない雰囲気に、流石にばつが悪くなってしまった。大阪公演最終日ともなれば、各ユニット打ち上げに繰り出すというのに、このままではそんな気分にもなれない。
 その時、コンコン、と控えめに楽屋のドアがノックされる。この空気から離脱しようと、椎名が「はいはーい!」とわざとらしい返事をしてドアに向かう。が、直後謎の悲鳴が聞こえた。
「HiMERUくんHiMERUくん!」
「なんですか、騒がしい」
「あああああHiMERUくん早く!」
「はい?」

 要領を得ない椎名の大声に、小さくため息をつきながら入口へ向かう。するとそこにいたのは、

「えーと、…お疲れ様」
「……

 関係者パスを首から下げた本人がそこにいた。その瞬間、様々な物音を立てて三人が楽屋から出て行こうとする。

「あっ、俺お腹空いて来たんでぇ! ちょっと買い物行って来るっす!」
「おっとそれじゃあ俺っちは弟くんに挨拶でもしてくるかな!」
「わしもラブはんに挨拶して来るわ!」
「え、あ、あの、さしいれ、おみや、」
「それは頂くっす!」

 狭い入口を我先にと押し合いへし合いで三人は出て行った。最後にが何やら食べ物の差し入れをしようとしたが、それは椎名が奪い去ってしまった。
 すっかり静まり返ってしまった楽屋。こんな入り口で、誰が見ているかも分からないのに不用心で話もできない。入りますか、と問うと、は小さく頷いた。

「あ、あの、迷惑かなとは思ったんだけど…」
「前にも言ったでしょう、迷惑なんかではありません」
「でも、怒る……」
「当然です、まして今回は桜河に頼むなんて」

 さっきまでこちらを輝いた丸い目で見ていたのに、みるみる内にしょげてしまう。長いまつ毛に縁どられた瞼が、悲しそうに伏せられていった。
 ああ、違う。自分に苛立ってしまう。こんなことをに言いたかったわけではない。自分だってに会いたかったはずではないか。だから、会場にを見付けた時、ほんの一瞬、“HiMERU”が崩れてしまいそうになった。どうしても心臓は跳ねたし、口角は上がりそうになった。

「ごめ、」
「ありがとうございます」
「え?」
「ですが、次回からはチケットの融通はまず自分に言ってください」
「え、いや、でも」
「でももだってもありません、分かりましたか」
「あ、は、はい…」

 今度はきょとんとしている。何を言われたのか分からないようだった。

「不服そうですね」
「不服とかじゃなくて…」

 にとってみれば、自分は大層面倒くさい人間なのだろう。言っていることが分からない、とでも言いたげだ。
 が自分たちのライブに来るのはあまり喜べることではない。自分たちはアイドルとファンという関係性ではないからだ。それに、天城の言ったような心配がないわけでもない。けれど、今回よく分かった。それ以上に、自分以外の招待でライブに来られることは、こんなにも面白くない。

「今後来たいと思うライブがあればまず自分に声を掛けて下さい。できる限り席を確保します」
「えっ?」
「それからCDやDVDも、一人分くらいどうにでもできます」
「えっ、えっ」
「テレビ番組や配信は…見るなとは言いませんが、隠れてこそこそ見る必要もありません」
「えっと、ひ、ひめるくん?」

 困惑して焦り出す。何か変なもの食べた、とまで言い出す始末だ。その一言で、これまでに酷いことを言って来たのかも知れないとやっと気付いた。
 自分は、天邪鬼なのだ。アイドルの自分に関わって欲しくない癖に、他の誰かの手引きがあれば面白くないと思う。には子どもみたいだと笑われるだろうか。

「…これからも応援していい、ってことでいい?」

 まるで機嫌でも窺うかのように小首を傾げて尋ねてくる。その瞬間、あの見目だから、という天城の言葉が頭の奥で反芻された。
 早まったかも知れない、と思う。けれど、窺いつつも期待に満ちたその目を見ると、もう首を横には振れない。

「頑張れますよ」

 そう返すと、は今日一番の笑顔を見せたのだった。