うい

 の驚いた顔を見るのが好きだ。

「な……んで、ひめるくん……」

 夜遅くに訪問することなんて珍しいことではないのに、は目を丸くして驚いていた。まさか今日、自分がここを訪れるなんて万に一つも考えていなかったかのような顔だ。はそうかも知れないが、自分はここに来るつもりでいた。だって少しはその可能性を考えただろうに、その驚き方はさすがにないだろう。いや、自分の普段の行いのせいはあるか。

「あの、今日は本当に来ると思ってなくて、部屋がものすごく汚い、」
「…なるほど、一人でこんな時間にパーティーでも?」
「わーっ!」

 の制止を聞かずリビングまで強引に足を進めると、テーブルの上にはホールケーキが広げられており、今まさには取り分けようとしていたのか、包丁も用意されている。氷の入ったグラスの中身は彼女の好きな紅茶だろう。

「いや! これは! 前にお世話になった事務所の人がみんなにくれて!」
「こんなホールケーキを?」
「偉い人だから! お金あったみたい!」

 どう考えても大分苦しいの言い訳に、思わず声を出して笑いそうになってしまう。必死に笑いを堪えながら、更にを問い詰めた。

「そうですか。ところで、今日はの誕生日でしたか?」

 ケーキの真ん中には“Happy Birthday”と筆記体で書かれたプレートまでご丁寧に乗っているではないか。顔を真っ赤にするを見て、誰が誰のために買って来たものかなんて、火を見るよりも明らかだった。
 は絶対に、今日のスケジュールを自分に聞いてなど来なかったのだ。以前はそういったことですれ違いというか、自分が一方的に、身勝手にも腹立たしく思ってに当たったりもした。だが、察するに余りあるこの状況に、今はおかしくも愛しさを感じた。

「ひめるくんて、最近ほんっと意地悪」
「なんとでも言って下さい」

 が可愛いからですよ、と言うと火に油を注ぎそうだったため、喉元まで出かかって飲み込んだ。
 鋭い彼女は、きっといろんなことを察している。自分が本来アイドルをしているような人間ではないことも、彼女がずっと一緒に仕事をして来たHiMERUは自分ではないことも。だから、そのケーキを買って帰るのも躊躇ったはずだ。買って来て、ほんの少しの後悔や罪悪感を覚えて、自分にばれないようにこっそり一人で食べきるつもりだったのだ。


「…なんですか」
「ケーキ、ご一緒しても?」
「こんな時間にアイドルがいいの」
「年に一回くらいは共犯者になりましょう」
「今日が何の日か分かってて上手いこと言ったつもり?」

 不機嫌そうに唇を尖らせたの髪を掬って、そこに口づける。こういうことをするとはいつも気障だなんだと文句を言うのだが、それが照れ隠しなのだと言うことは分かっている。

「七夕です」

 の顔を覗き込んでそう答える。すると、複雑そうな顔をしたかと思えば凭れて来た。額を肩口に乗せられると、いつも彼女の使っているヘアオイルの香りが鼻を掠める。癖のない香りと品質も良いそれは、ESのアイドルでも使っている人間はいるが、この香りで真っ先に思い出すのはいつだってだ。

「ひめるくん」
「なんですか」
「プレート食べていいよ」
「ありがとうございます」
「七夕だからね」
「そうですね」

 そう言いつつ、なかなか離れようとしない。彼女の小さな体をそっと抱き締めると、ぐりぐりと額を押し付けて来る。その小さな抗議があまりに可愛くて、一層愛おしくなったのだった。