雨、雨、ふれふれ。


の雨女っぷりもここまで来ると才能じゃない?」

 第三音楽室の窓の外を眺めて、りっちゃんは嫌味っぽく言った。今日は朝から雲が低く暗い一日だったのだが、午後になりやっぱり雨が降って来てしまった。とはいえ、別に私にはこれから何か用事があるわけでもなく、授業は全て終わって自主練習をしていただけだ。げっそりとした顔のりっちゃんが現れたのは、つい十分ほど前のことだった。どっさりと荷物を抱えて疲れた様子のりっちゃんは、机の上にどさりとその荷物を全て置くと、机の上に突っ伏す。
 疲弊した様子の理由も、そのたくさんの荷物の理由も分かっている。今日がりっちゃんの誕生日だからだ。きっと今日は一日クラスメートに追われたり、ファンの子に出待ちをされたりしたのではないだろうか。ファンサに手厚いKnightsのことだ、ファンを蔑ろになんてできない。このりっちゃんがまさか、とは思うけれど、お仕事モードのりっちゃんは立派なアイドルをしているということだ。

「りっちゃんの誕生日に雨を降らしちゃいけないなんて決まりはないでしょ」
「こんな雨降ってるのにこんな大荷物抱えて帰るなんて憂鬱過ぎ」

 文句を言いながらも声楽科の校舎に寄るなんて、遠回りなのに会いに来てくれたと思うとちょっと嬉しかったりする。半分持ってあげるよ、と苦笑いしながら言うと、遠慮することもなく「うんお願いね」なんて言われる。調子がいいりっちゃんだ。私も私で調子がいいとは思うけれど。
 選択科目で取っているピアノの授業の練習をしていたのだが、何も今日まで長時間練習する理由もないだろう。りっちゃんも随分消耗しているようだし、雨足の弱まっている内に帰った方が良さそうだ。暫く私のピアノに合わせて突っ伏しながらもとんとんと指で机を叩いていたが、私が弾くのをやめるとゆっくりと顔を上げた。

「あれ…もう弾かないの」
「早く帰りたいでしょ。今日はもういいよ」
「ふーん……」

 じゃあ早速に荷物もってもらお、とにっこり笑って見せる。最近、前よりもりっちゃんの考えていることが分かって来たような気がする。わざわざ第三音楽室に寄ってくれた理由も分かる。自惚れているとは思うけど、それ以外考えられない。私も、りっちゃんが来てくれるような気がしてここで待っていたのだから。
 片づけが終わって荷物を半分持とうと荷物を覗くと、大きな紙袋にたくさんのプレゼントが詰まっている。誰が用意したのやら、ご丁寧に雨除けのビニールまでかぶせられている。おかしくて笑っていると、不意にりっちゃんが私の手を掴んだ。

「本当は、にどこにいるか連絡してみようと思ってたんだよねえ」
「すれば良かったじゃない」
「んー…でも、今日もここにいる気がして」
「そう」
のことだから、別に"今日"だからって特別なことはしないでしょ」
「拗ねてる?」

 けれど私の問いかけに返事はなく、「冷えるから早く帰るよ」とだけ言って私の手を引く。拗ねてる様子ではないみたいだ。拗ねていたら手を引っ張るなんてことはしない。もっと私の気を引こうとするし、実はもっと顔に出る。今のは、私がはぐらかした。私がりっちゃんのことを分かっているみたいに、りっちゃんも私のことが分かるみたいだ。りっちゃんの言う通り、何も特別なことなんて要らないと思った。私が声楽科で、りっちゃんがアイドル科ということを差し引いても、私から大きなサプライズなんてする必要はない。ここにいたらきっとりっちゃんは来てくれると思っていたし、今日みたいな日にりっちゃんが私に手助けを申し出ないはずがないのだから。

「りっちゃん、帰ったらケーキあるよ」
の作ったやつ?」
「うん」
「昨年あんなにぺしゃんこだったのにまた作ったの?」
「今年はちょっと違うの作ったの!」

 そう、昨年も一応ケーキを作ったのだが残念な出来上がりになってしまっていた。それに対抗するかのようにりっちゃんは私の誕生日に立派なケーキを作って見せた。今度こそ、そんなりっちゃんにリベンジすべく、昨日の夜必死に作っていたのだ。まだ昨年の写真残ってるよ、とにやにや笑うりっちゃん。あんなの、もう忘れてくれていいのに。それに、昨年と今年じゃ気合いの入れ方が違う。

、もう忘れてくれって思ってるでしょ」
「当たり前だよ」
「へぇ…」
「今日のりっちゃんなんなの」
「別に?」

 第三音楽室に来た時はあんなに疲れた様子だったのに、今はすっかり機嫌がいいみたいだ。荷物が少し軽くなったのもあるだろうけど、その要因の一つに私も入っているって信じたい。今日みたいに暗くて早く陽の落ちてしまった時くらいしか、校舎内で手なんて繋げない。雨が降ってくれて本当に良かった。

「雨で良かった」
「え?」
「て、思ったでしょ」
「は、」
「俺、最近の考えてること分かるんだよねえ」

 そう言って嬉しそうに笑うと、私の手を掴む力を少し強める。その機嫌を反映して、りっちゃんが珍しく鼻歌を歌う。私もどきどきしながら引かれるがまま足を動かしていたが、やがてその鼻歌が先日のコンクールで私が歌った曲だと気付く。はっとして思わず足を止めると、その反動でよろめきかけたりっちゃんが振り返り、笑って見せた。
 私も、りっちゃんの考えていることが分かる。間違いじゃない、きっと間違いじゃないと思うと同時に、ゆっくりとりっちゃんの顔が近付いて来る。壁に映る影が重なる寸前に、私は目を閉じた。