上手くなくないかくれんぼ

 幼馴染が留年した。その理由を聞いた時は呆れたけれど、本人が気にもしていないのを目の当たりにした時はもっと呆れた。私より一つ年上のはずの幼馴染は、寝過ぎて授業に出なかったせいでなんと私と同じ学年になってしまった。学科は当然違うものの、これ以上留年させるわけにも行かず、ことあるごとに彼を探し出し授業に出るよう促す、これは最早私の日課だ。

「もう、ほんと、自己管理、してくれないかな…!」
「…また見つかった」
「見つけてるの!」

 不機嫌そうに体を起こす彼―――りっちゃんは、今日は裏庭の片隅にいた。別学科の私がここまで来るのもなかなか面倒だというのに、隠れることばかり上手くなって行く幼馴染に私は毎日疲労が積もるばかりだ。ここまで来たら一緒に卒業するんだからね、と言い聞かせたものの彼の素行が直る様子は一切ない。あと一年と少し、こんなことを続けなければならないのだろうか。軽く眩暈がする。ステージに立っている時とはまるで別人のりっちゃん。こっちのりっちゃんに馴染みのある私は、未だに彼らのステージを見る度に偽物では、と疑ってしまうほどだ。

「でもが見つけ損なったことないよねぇ」
「十何年も付き合いしてれば大体の行動パターン読めるんだから」
「そうでもないと思うけど」
「なにそれ、りっちゃんがわざと見つけやすい所にいるってこと?」

 まだやや息切れしている私とは逆に涼しそうな顔をしているりっちゃんは「違う」と首を振る。昼休みももう終わる。悠長に話をしている暇なんてないのだけれど、当たり前のようにりっちゃんは予鈴なんて気にしていない。それどころか、私の手首を引っ張ると、そのまま共倒れにして来た。制服が汚れる、の前に。

「ちょっと!私、午後の授業外せないの!」
「いいじゃん、一回くらい出なくても留年なんてしないから」
「それを積み重ねて留年した人に言われたくない」
「真面目だなあ」
「りっちゃんはもう少しくらい真面目になって」
「この時間眠いんだよねぇ…」
「昼間いつでも眠いじゃん。せめて出席日数だけでも稼いでよ」

 そう言ってみるものの、「うーん…」という生返事が聞こえて来るだけ。全く授業に出る気がなさそうだ。

「りっちゃん置いて卒業しちゃうんだから」
「それはやだなあ…」

 半身を起こしてもうりっちゃんを置いて行く覚悟で声をかける。今からならまだギリギリ午後一番の授業には間に合うはずだ。すると、りっちゃんは徐に手を伸ばして私の髪を梳く。ばっちり起きているではないか。引きずってでも教室に連れて行くべきか。いや、教室までは私は行けない。あそこは男子生徒しかいない校舎だ。無駄に不審な目で見られたくない。ただでさえ校舎外でもうろうろしていると物珍しい目で見られるというのに。
 眠いのか眩しいのか、目を細めたりっちゃんが私を見上げる。「さっきの…」と何か言いかけるが、どの「さっき」か分からず、首を傾げた。

「俺、見つけやすい所にいたつもりはないよ」
「え……?」
「あと、次留年する時はも道連れだから」
「待ってそれは絶対嫌だ私はちゃんと卒業する」
「えー……」

 するとようやくりっちゃんも体を起こした。目線の高さが同じになった所で、くしゃりと頭を撫でられる。…歳は一個しか違わないし学年は同じになっちゃったのに、なんでこんなに子ども扱いなのだろう。仕方ないから教室に行く、と、まるで私がわがままを言ったかのような口ぶりで言うものだから、今度こそ顔が引きつった。一種の横暴のような気がする。
 私より先に立ち上がったりっちゃんを、今度は私が見上げる。特に理由もないけれどじっと見ていると、ふいに手を差し出された。

「行くんでしょ、教室」
「あ……うん……た、立てるけど、一人で……」
「いいから」

 滅多にしないよ、なんて自分で言う。機嫌がよくなったようだから、大人しくそれに甘えて手を重ねる。こういうことをさらっとできちゃうってどうなんだろう。立ち上がってから急に恥ずかしくなる。

「ねえりっちゃん」
「なに?」
「もうちょっと見つけやすい所にいてよ」
「俺をこんな簡単に見つけられるの一人しかいないからだめ」

 また明日も貴重な休み時間に走り回るのか、と思うと小さなため息が出る。そんな私を見てりっちゃんが笑うから、絶対に明日は今日より早く見つけてやろうと思った。