「あ゛――――………やってらんないわ……」
「あ、荒れてますねさん……」

 その日、俺の撮影現場に現れたさんは顔色も悪く機嫌も頗る悪かった。大体こういう時は、さんが飲み過ぎた翌日だ。それが分かるくらいにはさんはうちの事務所の打ち上げに参加している。けれど、昨日はうちではない。だとすれば、他の事務所だろうか、それともさんの事務所だろうか。尋常じゃない人相の悪さにやや怯みながら声をかける。

いるでしょ」
…って、さんとこのフォトグラファー?」
「そ。あれと九条、どう思う?」
「どう…と言われても……」

 最近の関係は良好なのではないだろうか。最初こそ天が皮肉を言ったりきつめの嫌味を言ったりして怯えている様子もあったが、ここの所はさんの方も上手いこと受け流したりしているように見える。決して険悪な仲ではないだろう。一度全くTRIGGERの現場に姿を見せなくなった時は多少心配もしたけれど、次に顔を見せた時はすっきりしたようだった。そこにはどうも天が絡んでいるようだったが詳しくは知らない。俺や楽よりも歳も近いし、本来のノリとしては合うタイプかも知れない。それでもさんの方が年上には変わりないが。

「あんたに聞いた私が馬鹿だった?楽でも同じか?」
「何ぶつぶつ言ってんですか…」
「私、勘は良い方なのね。で、その勘を信じるならと天の間には何かあるな」
「何か……」
「あの子、酒は飲めないって断固拒否したんだけど、こっそりノンアルコールだって言って結構カクテル飲ませたんだよ」
「なにやってんですか…」
「酔ったら何かぽろっとこぼすかと思ったのに、あの小娘ザルだわ!!」

 仮にも保護者が何という荒業に出たのだろうか。飲めないというのは、もしかすると体質的に飲めないのかも知れないし、そもそもカクテルなんてさほどアルコール度数も高くはないはず。それで酔うと思ったさんもさんだろう、自業自得である。結局なんの収穫もなかったようで、残ったのはさんの二日酔いだけだったというわけだ。
 そういえば、初めてさんがうちの打ち上げに参加した時も、アルコールのにおいにやられて一旦外へ避難していたことを覚えている。それをさりげなく追いかけて行った天を見たような、見ていないような。最初に二人に何かあったとしたら、そこだ。二回目、さんが現場に現れた時も、何やら天はどこかでさんと約束を取り付けたことを匂わせるような発言をしていた。確か、さんが天を撮りたいとかなんとか―――けれど、二人がその間プライベートなやり取りをしていたとは聞いていない。いや、していても俺や楽が聞いていないだけか。天はそういうことはきっと徹底的に隠す。

「仮にも養親が小娘なんて言わないでやって下さいよ」
「親子ほど離れた歳でもないのに親なんて言えないっての」
「あー……さん、もしかして寂しいんですか」
「ァあ?」

 ぎろりとこちらを睨んで来る。二日酔いのその人相は流石に夢にまで出て来そうだ。

「んな甘っちょろいもんじゃないわ、馬鹿か。もしお宅のセンターとうちのスタッフに何かあったらとんでもないスキャンダルだぞ。危機感持て危機感!」

 結局心配しているんじゃないか―――けれど、そんなことを言えば今度は拳の一つでも腹に飛んで来そうな形相だったので、それ以上は何も言わなかった。
 そのような気配を全く見せない天だけれど、もし本当にそんな事実があったとしたら、どう問えばいいのだろうか。見て見ぬふりをするのが一番だろうか。天のことだから俺が心配しなくても上手いこと立ち回りそうではあるけれど。さんはさんで、俺や楽より年下にも関わらずしっかりしている子だ。さんの養子になったのも何か事情がありそうだし、天といいさんといい、年齢不相応な落ち着きを感じる時はある。けれど、そういえばさんは「はっ!」と笑い飛ばした。

は落ち着いてなんかない。あれはただ色んなことを諦めただけだ」
「諦めた?」
「人生これからって時にもう自暴自棄も同然なのさ。そんなことする必要ないって教えてくれる人間が現れてくれりゃーとは思ったんだけど…ちょっと相手が悪かったな…」
「天ですか?」
「……そうだな」

 さんは首をぐるぐると回してから、ため息とともに小さくそう呟く。

「…ところで、今日はさんは?」

 いつもならさんのアシスタントとして引っ付いて来るさんの姿が見えない。今日さんについて来ているのは他のスタッフらしい。さんが常に現場にさんを連れて来ているのを見ても、保護者としてもフォトグラファーとしてもいかに大切に育てようとしているかが分かる。そんなさんが今日はいない。TRIGGERの撮影でもメンバー単独の撮影でも、一緒でなかったことはこれまでなかったというのに。
 すると、にやりと何か企んだような顔をして言った。

「九条天がオフだって聞いたからの練習台にさせてる」
「いや自ら石橋ぶち壊してどうするんですか」
「うちの他のスタッフつけてるし二人きりではない………はず…あれ、誰かつけたっけか」
「一番大事な所なんで忘れるんですか!」
「まあいい。私はね、あの子に年相応の顔をして欲しいんだよ」

 ようやくカメラの用意を始めたさんは、急に真面目な声色でそんなことを言った。“あの子”とは誰のことか。さんのことか、天のことか、それとも二人まとめてか。
 詳しくは知らないが、さん自身、フォトグラファーとしてここまで来るまで苦労したという。この世界の厳しさも恐ろしさも、フォトグラファーをしていればさんは知っている。けれど、知っていてさんを引き入れたのもさんだろう。その責任を取ろうとしているのかも知れない。
 口は悪いし手も出るし、よく二日酔いで現場に来るし、仕事となればとにかくシビアだが、その実、情に厚い。だから、こんな性格でもさんを信用して仕事を任せる会社は多い。さんの目に留まった人間は、どれだけ新人でも素人でも、皆いずれ輝くと言われている。それは被写体でも、撮る側でもだ。さんは、きっとそんなさんの目に留まった人間の一人で、今一番育てようと大切にしている存在だ。心配するのも当然だった。

「別にあんたとこのセンターを疑ってかかってる訳じゃないけど、それでもに中途半端なことするなら私は許さない」
「…………」
「ま、九条天がそんな人間じゃないことはよく分かってるけどね。これだけ撮っていれば」
「そうですか」

 そう言って、急に組み立てたカメラをこちらに向ける。不意打ちに身構えると、「九条天は今のも対応するぞ」なんて言う。天と一緒にしないでくれ、と今度は俺が溜め息をつきたくなった。そして追い打ちをかけるように付け足す。

「その服、ポスターのイメージ通りじゃないな。やり直し」
「それは俺じゃなくてスタイリストさんに言って下さいよ…」











(2017/07/15)