「ふられた……」
「それはご愁傷さま」

 友人のそっけない言葉を聞いて、私はまた落ち込んだ。ずずず、とアイスティーを飲み干すと、「あ、そろそろバイトだから」と言って席を立つ。薄情なやつめ。
 半年片思いしていた同じ大学の先輩に告白して彼女がいることを知り、見事私は昨日ふられた。話を聞いてくれると言う約束で彼女のバイト先のファミレスまで来たのに、席について三十分としない内に見捨てられてしまった。腹が立ったので嫌がらせにドリンクバーだけで数時間粘ってやろう。そう思って空になったグラスを手に新しい飲み物を確保しに行く。
 大体、先輩に彼女がいるなんて噂、どこにも落ちていなかったのだ。メールだってしていたし、図書館で一緒に勉強したこともある。教えてもらったこともある。行ける、と思って駄目だった時のショックは大きい。気を紛らわせるために勉強でもするかと思ったけれど、席に戻ってテキストを広げても全くやる気が起きない。勉強が好きな人間だったら気を紛らわせられたかも知れないが、生憎そういうタイプの人間ではない私はそう上手く行かないようだ。流石に手持無沙汰で数時間ここに一人でいるのはあまりに寂しい。それ以上に視界の端に映ったカップルが恨めしい。

(だめだ、帰ろう…)

 荷物を片付けて伝票を手にレジへ向かう。外は寒いだろうか、今日は何をしても駄目でストールを忘れて来てしまった。

「すごい顔してますけど大丈夫ですか」
「寝不足でね…」
さん、もう帰るんですか」
「まあ、うん、山下今からバイトみたいだし」

 レジへ行くと、を通じて知り合った烏丸くんがいた。「最近入って来た高校生子が可愛いんだよねー」なんて言うものだから、どんな美少女かと思えば男子高校生だったと言う訳だ。初対面の時に「どうも可愛い高校生です」なんて言われて顔が引き攣ったのを覚えている。
 のバイト先なこともあってここにはよく来るのだが、すっかり顔と名前は覚えられてしまった。あまりに通い過ぎて暇な大学生だと思われているかも知れない。私も一応バイトだなんだと走り回ってはいるのだが、多分に説得力はない。

さん待たないんですか」
「見捨てられたから帰る」
「ああ、ふられたんでしたっけ」
「げほっ!!」

 突然蒸し返されて噎せた。平然とした調子でさらっと言われたのがまた痛い。いや、ここでいくつも年下の高校生に心配されても悲しいけれど、そこは突っ込まなくて良い所だった。大方が喋ったのだろう。友人のプライベートを無関係の人間に無許可で暴くなんて酷過ぎる。これでも昨日から大打撃を受け続けているのだ。
 480円です、と言われ、小銭を出すのも煩わしくて千円札を出す。お釣りを受け取るのに右手を出すと、片手を添えられてお釣りを渡された。…いつも思うが、今時こんな丁寧な渡し方をする子も珍しい。の対応なんて友人とは言え雑なものだったし、誰かれ構わずこんなことをしていたら勘違いする女の子が出て来るのではないだろうか。
 ありがとう、と言い手を引っ込めようとしたら、その手をそのまま引かれる。思わず、烏丸くんの顔を見上げた。

「俺、もう上がりなんて送ります」
「外すごい明るいけど」
「あと十分だけ待っていて下さい」
「…はいはい」

 適当な返事をすると、ようやく手を解放される。お店の外に出ると、思ったほど寒くはなかった。けれど、ファミレスの中の騒がしさから離れると、途端にまた寂しい気持ちが膨れ上がって来た。
 この半年、私は本当にがんばったと思う。思っているだけで何もしなかった訳じゃない。高校の先輩でもあったから、大学から知り合った子よりは一歩先だと思っていたのに。あともう少しでも早く告白していたら何か変わっていたのだろうか。
 携帯を取り出す。アドレス帳から先輩の名前を見付け出し、削除ボタンを押そうとする。

「お待たせしました」

 覚悟を決めた時に限って、邪魔が入る。結局消せないまま、私は携帯を鞄にしまった。本当にぴったり十分で烏丸くんは出て来た。高校の制服を着ているとちゃんと高校生に見えるものだ。随分落ち着いているし、妙に大人びているので初めて会った時は少し疑ってしまったのだが。

「電話する所でした?」
「や、メール見てただけ。大丈夫だよ」
「そうですか」

 そう言って歩き出す。私はバス通学なので定期内のバス停に向かうが、烏丸くんは徒歩ではなかっただろうか。バス停まで行ってしまうと行き過ぎな気がする。けれど、今は一人でいるのはあまりに心細かったので、誰かがいてくれることが有難かった。山下はあの通りだし、誰でもよかったと言えば言い過ぎだが、とりあえず顔見知りの相手でよかった。
 けれど、烏丸くんと会話が弾むかと言われればそうでもない。今の高校生って何に興味があるんだ。しかも男子高校生だ。今の私には最早未知の生き物である。山下は随分烏丸くんを可愛がっているらしいが、彼女には同じ年頃の弟がいるからそのせいだろう。私とは違って、ああ見えて面倒見も良い。私にはちょっと違うが。

「私、バス停こっちだからいいよ」
「バス停まで送ります」
「逆方向じゃない?」
「今日はあっちに用事があるんで」
「あ、そう…」

 どこまでが本当なのやら。表情があまり変わらないので分からない。そこが可愛いのだと山下は言うけれど、ちょっとそれも分からない。
 バス停についてみると、次にバスが来るまであと五分ほどあった。ここでいいというのに、バスが来るまで、とまた引き延ばされる。結構食いさがる子だ。そんなに酷い顔をしていただろうか。確かに寝不足と泣き過ぎで目の周りはメイクで上手く誤魔化せていない気はするけれど。

さん」
「なに?」
「手出して下さい」
「手?」

 唐突な言葉に頭を傾げながら、いつもお釣りを受け取る時のように右手を出す。すると、烏丸くんはいつものように左手を私の右手に添えて、もう片方の手で何かを渡して来た。右手が離れると、私の右手に乗っていたのは小さな丸い包みが三つ。

「飴?チョコ?」
「飴です。もらったんですけど食べないんで」
「…どうも」

 レモン、桃、レモン。黄色とピンクの包みを見つめる。ふられた哀れな人間を慰めてくれているつもりだろうか。しかし、いつまで私の手を握っているつもりか。視線を手元から烏丸くんに映すと、烏丸くんはずっと私を見ていた。何を考えているか分からない表情に、一歩後ずさりたくなる。

「あ、あの」
「俺、誰にでもこんなことしている訳じゃないですよ」
「え?」
「あ、バス来ましたよ」
「う、うん」

 そこでようやく手が離れる。それじゃあ、と言ってバスに乗り、歩道側の座席に座る。まだ烏丸くんはそこにいて、手を振ると会釈で帰って来た。バスが動き出す、烏丸くんは見えなくなる。私は、まだ手の中にある飴をもう一度見た。レモン、桃、レモン。よく見たらのど飴だ。意味もなくそれがおかしくて、ちょっと笑った後、私はまた少し泣いた。





(2016/02/08)