が入院していることを聞かされたのは、大規模侵攻終結から一週間ほど経ってからだった。重傷を負った民間人の一人として、病院に運ばれていたらしい。の携帯を使っての母親から連絡が来たのだが、そのメールによるとは入院するほどの怪我を負ったことを退院するまで隠しておくつもりだったという。大規模侵攻終結後も何かと忙しくこちらから連絡することができないでいたのも悪かったが、そんな大事なことを隠そうとしたに苛立った。
 修と同じ三門市立病院に入院しているの病室を聞き、すぐさま駆けつけると当然は驚いた顔をして俺を見た。

「なんで…」
「なんで、じゃない」

 瓦礫に挟まれて左足を骨折したらしい。ギプスの巻かれた足が痛々しい。既に整復手術を受け何日も経っていると言うが、未だベッドの上から自由には動けないは首だけをこちらに向けている。

「おばさんから事情は聞いた」
「言わないでって言ったのに…」
「なんで隠そうとしたんだ」

 は目を逸らすと、布団を引っ張って顔を隠した。その中から、「怒らないでよ」と涙交じりの声。
 心配しているのだから、怒るのは当然だ。の母親からの連絡と共に、確認した重傷者一覧の中にの名前を見付けた瞬間、心臓が止まるかと思った。すぐに連絡をしなかったことを後悔した。でもそれより、自分の力不足が悔しかった。は一般市民だ、俺たちのような戦力を持たない守られる側の人間だ。そんな人たちのために俺たちがいるのに、それすら守れないのかと。本当に苛立った理由はそこにある。を守れなかった、に怖い思いをさせてしまった。だから、に当たるのはお門違いだと言うのに。

「京介くん、忙しいし、心配かけたくなかったし、……こんな怪我、私だけじゃないし…」
「…ごめん」
「別に、京介くんが謝ることじゃ、ないし…っ」

 初めてを泣かせてしまった。どうすればいいか分からず、に伸ばそうとした手は宙を掴む。彷徨った後、結局に触れることはできなかった。
 の性格を考えれば、隠したがるのは当然だった。緊急で招集がかかってとの約束を何度反故にしても、俺の中での優先順位が低くても、それでもは文句も不満も言わない。がんばれ、とだけ言って背中を押してくれる。「京介くんにしかできないことだよ」と言って、いつも笑ってすぐそこにいてくれる。いつが俺から離れて行っても不思議じゃないのに、はそれでも手を離さないでいてくれた。ボーダーの任務を最優先する俺だからいいのだと、そう言ってくれたのはだ。いつだっては、俺にの心配をさせてはくれない。そんなにこれだけの傷を負わせた原因の一端に俺もいる。それが、自分自身が何より許せなかった。

、ごめん」
「だから、京介くんのせいじゃ、」
「ごめん」
「……私こそ…」

 言いながらも、まだ顔を出してくれる様子はない。
 もう一度、の左足を見た。左下腿の開放骨折。相当痛かったことだろう。いや、今だってまだ痛いかも知れない。随分鎮痛剤を使ったと聞いた。今は一般病棟にいるが、出血量が酷くて手術直後は集中治療室にいたことも。後始末にも追われていたが、一度でもすぐに連絡を入れれば良かった。安否の確認くらい、数分で終わることだったのに。
 やがて、しゃくりあげる声が収まって来ると、あのね、とが口を開いた。それでもまだ、布団で顔を隠している。

「足、おっきな傷が残っちゃった」
「…傷?」
「手術の痕、残っちゃった、こんな足、もう見せられないよ…」

 一瞬、何を言われているのか分からなかった。そうだ、開放骨折と言うことは、手術を受けたと言うことは、消えない手術痕があるということだ。今はまだギプスが巻かれていて見えないこの下に。
 が嫌がることを覚悟でその布団を剥ぐと、まだ泣きやんでなどいないと目が合った。初めて見るの泣き顔に胸が痛む。けれど不謹慎な事は承知で、どきりともした。まだ見たことのないの表情があったのだと。

が生きてくれてさえいれば、それでいい」
「京介、くん」
「泣きやませ方も知らなくてごめん」

 小さく頭を横に振る。ぎゅっと瞑った目の端から、また涙が伝った。拭ってやろうと頬に手を伸ばすと、俺の手にの手が重ねられる。そっと開いた瞼、その目には俺の姿が映っている。久し振りに触れたの体温に、ようやく安堵した。散々を後回しにした癖に、今更心配して今更安心するなんて勝手な話だ。それでもはまだ、微笑みかけてくれる。「京介くんも生きていてくれればじゅうぶんだよ」と。どこまでもの優しさに甘えてしまう自分が情けなくて仕方がない。
 どうしようもない気持ちになって誤魔化すようにキスをすると、は「おかえり」と言う。ただいま、と返してもう一度だけ唇を重ねた。





(2016/01/12)