顔に出ない、というのは大変に損なことだと思う。体調が悪くても、悲しいことがあっても気付いてもらえないと言うことはとても寂しいし悲しい。それだけじゃない、楽しいことや嬉しいことも分からないと、思わぬ誤解を生むこともある。 私は逆に何でも顔に出やすいタイプで、楽しければ笑うし、悲しければ泣く。特に後者、年々涙腺が緩くなっているのかちょっとしたことで泣いてしまうことなんて多々あった。別にそれはそれで良いと思ったし、我慢して溜め込むのもなんだか変な話だ。 けれど、今日ばかりは違った。今日ばかりは、顔に出ない方の人間になりたいと初めて思った。 「え、えーと…?もう一回言ってくれる?」 「好きです」 「あ、あー、うん、えっと、うん」 頭を抱えていた。対峙しているのは学年が一つ下の烏丸くんだった。彼が何かと有名なのは私も知っているけれど、私はと言えば目立つような生徒ではない。彼にいつどこで認知されたのかもよく分からない。そんな相手に突然好意を告げられて、私は非常に困惑していた。そもそも、呼び出された時からおかしかったのだ。全く話したこともない相手に呼び出されるなんて。 もちろん、好きだと言われて嬉しくない訳がない。こんな、平々凡々な人間に目をつけたのはなかなか奇妙だとは思うけれど、告白なんてされたのは初めてで少なからず、いや、大いにどきどきはしている。しかも相手があの烏丸京介ともなれば。 「俺、困らせてますね」 「へ!?あっいや、そうじゃなくて!」 顔に出ていたらしい。誰か助けてくれ、という心の叫びが顔に駄々漏れだったらしい。図星を指されて必死に否定するも、全く説得力がない。 とりあえず整理しよう。烏丸くんに呼び出された時、私は友人と日直日誌を書いていた。放課後わざわざ私のクラスまで来たと思えば、「先輩借りていいですか」と言われ、空き教室までやって来た。そこで有無を言わさない「借りていいですか」なんて初めて聞いた。最初から「借ります」と言え、と言いたくなるほどに。お陰で友人に「、あんた何したの…」と引かれるし、まだちらほら校舎内に残っていた生徒にはじろじろ見られるし、ちょっと散々な思いをした。オーケー、ここまでは思い出せた。 「そ…そもそも、私のことどこで知ったの?」 「先輩、放送委員ですよね」 「そうだけど…」 「…声が」 「え?」 「声がきれいだと思って」 そこで初めて烏丸くんはふいっと私から目を逸らした。 確かに私は放送委員だ。昼休みの校内放送なんかもしている。けれど大抵それは真面目には聞かれていなくて、休み時間の喧噪の中の一つ程度にしか思われていない。それを彼は聞いてくれていたと言うのだろうか。大した内容でもないそれを、週に二回の私の担当の日に。顔も見えない人間の言葉に耳を傾けてくれていたなんていう事実を知り、遅れて顔が熱くなって来る。好きです、と最初に言われた時よりも数倍恥ずかしい。 ずっと表情の変わらなかった烏丸くんも、流石に私が黙り込んでしまって気まずくなったのか視線を彷徨わせる。 声なんて気にしたことなかった。何もかもが平凡な私に、目にとまるような部分があるなんて、思いもしなかった。彼を見ていれば嘘はなさそうだし、からかっている訳でもなさそうだし、真面目そうな見た目どおり、真面目な回答にどうすればいいか分からなくなってしまった。自分から投げた質問の癖に。 「放送の最後にクラスと名前を言ってたんで、それから時々見に行って」 「見に来てたの!?」 「時々です」 「いや…!うん…!そっか…!」 その視線にすら私は気付かなかった。思いの外行動力のあるらしい烏丸くんの口から出て来る衝撃の事実の数々。放送担当でない日は教室で過ごすことが殆どで、その私の行動パターンを読めさえすれば、私を確認することは容易だ。容易だけれども、そこまで彼を動かすものが今の私にあるとは信じ難かった。お陰で、また私は言葉を失ってしまう。 好き、と言うことは、高校生であれば付き合いたい、というのとほぼ同義だ。つまり、こうして私を呼び出して、告白されたと言うことは、烏丸くんは私に付き合って下さいと言っているのだろうか。いや、その直接的な言葉は聞いていない、聞いていないから憶測の域をまだ出ないのだけれど。ここで「じゃあ付き合う?」なんて聞くのもなんだか変な話で、ただ好意を伝えたいだけの人がいることを知っている私はそこまで自惚れてはいない。けれど、確信に迫るのも最早数秒単位での時間の問題のような気もする。そんな私の予想は的中した。 「それで」 「う、うん」 「付き合って下さい」 ですよね、と頭の中でもう一人の私が大きく頷いた。 淡々と、でも嘘はなくストレートな言葉に、また一拍遅れて私の心臓が飛び跳ねる。初めてこちらを射抜くような視線になり、息まで止まった。 これまで、一体どんな目で私を見ていたのだろう。うちのクラスまで足を運んでいたのは時々とは言いつつ、わざわざ階も違う、知り合いもいない私のクラスの前まで来ていた彼は、一体どんな目で、どんな気持ちで―――。 私は単純な人間だ。好きだと言われれば嬉しいし、誰にも褒められたことのないことを褒められても嬉しい。乗せられればすぐ調子に乗るし、その気になる。だから、あまりに簡単に烏丸くんにこれまでの経過を言われてしまえば、もう後には引けない。自分に興味を持たれてしまうと、こちらも興味を持ってしまう、それも私の性格だった。 烏丸くんはまだ私をしっかりと目で捉えていて離さない。私も目を逸らす隙を与えられなくて、見つめ合ったままになってしまう。唯一動くが許されたのは私の心拍数と顔の熱さだけ。 「わ…わたしで、よければ…」 最初からその答えしか用意されていなかったかのようだ。それでも、あまりに躊躇いなく出て来た了承を意味する言葉は震えていた。お昼休みの放送を流す時とはまるで真逆の、緊張の塊でできた声。多分、烏丸くんの言うきれいな声とは程遠い。 尻すぼみになる返事を聞いた彼は、突然その場に勢いよくしゃがみ込む。びっくりした私は一歩後ずさり、でも動かない彼と同じ目線の高さにまでしゃがんだ。 「えっと、烏丸くん…?」 「…先輩」 「は、はい」 「そんな声も出るんですね」 「へっ!?」 「もっと聞かせて下さい」 いきなり何を言い出すんだ、と、そんなことを言えるはずもなく、先程元に戻ったばかりの顔は再び真っ赤になり、なんとなく危険を察知して逃げようとする。けれど私の身体能力で逃げられるはずがなく、立ち上がろうとした所でそれは叶わなかった。思いっ切り腕を引かれた私は、烏丸くんに腕の中に飛び込んでしまい、そのまま捕獲されてしまった。 「分かりやす過ぎです、先輩」 でもそんな所もいいです、と続けた彼に、私の心臓は悲鳴を上げるしかなかった。 |