プリズム




 小学生の頃からバレーを始めた私は、中学では女子バレー部に入っていた。中学バレー部は男女共にいわゆる強豪と言われる学校で、そこで三年の引退した一年の夏から控えの選手となっていた。けれど人生というのは上手く回らないもので、控えとして練習試合や大会などで出場するようになった一年の秋頃から、頻繁に右足が捻挫を起こすようになった。捻挫は癖になる。そして庇おうとして左足に負担がかかる。捻挫が起こるかもしれないという恐怖の中では、思い通りにプレーもできず、結局二年の夏にはベンチ入りすらできずそのまま退部した。マネージャーへの転向なんてできるような状態ではなく、高校もバレー部の有名ではない烏野を選んだ。
 けれど高校で仲良くなった男子はバレー部のスガくんで、今熱心に気にかけているのもバレー部の男子だ。けれど高校でも未練は断ち切れておらずマネージャーをする気にはなれなかった。結局帰宅部で終えようとしていた高校三年生の春、私は影山飛雄に出会ったのであった。



***



 十八になって久しぶりに熱を出してしまった。これまでインフルエンザなんてかかったことがないし、風邪も滅多にひかなかったのに、お陰で体が酷く怠い。
 けれど昨日早退して寝続けたお陰でもう今日は熱はない。親には止められたが受験生がそう何日も学校を休む訳には行かず、二重マスクで登校することにした。するといち早く私の姿をみとめたスガくんが声をかけて来てくれた。

「もう出て来て大丈夫なのか?」
「病院も行ったけど疲れだろうって言われて、熱ないしいいかなって。まあ元々微熱程度だったしね」
「あんま無理すんなよー」

 昨日大事な授業やお知らせのプリントを届けてくれたのもスガくんだ。以前、体育で後ろから飛んできたバスケットボールが直撃して脳震盪を起こした時も、早退した私にわざわざプリントを届けてくれた。さほど急ぎのものではなかったのだが、真面目な彼のことだ、家が近いからと部活後に寄ってくれたらしい。しかしどうやら今回はスガくんだけではないらしく、もう一人誰か連れて来たらしい。名前は聞かなかったらしいが、ミーハーな母が「最近のバレー部の男子高校生は背も高くて落ち着いててかっこいいわねぇお母さん照れちゃったわ〜」などと興奮した様子で語っていた。色々偏見が入っているが、敢えてもう突っ込まない。だが、わざわざ足を運んでくれたのならお礼を言わねば。

「あ、ねえ、ちなみに昨日誰と来てくれたの?澤村くん?東峰くん?」
「え?」
「親がバレー部二人来てくれたって…」
「いや、俺一人で行ったけど」
「えっ?」
「えっ?」

 じゃあ、誰が来てくれたのだろう。田中や西谷はまずうちを知らない。他に知っているバレー部員と言えば及川と岩泉くんくらいだが、それこそうちに来る理由が分からない。

(まさか……)

 心当たりのある人物を一人思い浮かべる。が、その人物にも私の家は教えていない。

「まさかね…」

 首を振って一つの可能性を掻き消す。あの彼が同級生でもクラスメートでも部活の先輩でもない私の家に来る意味が一体どこにあるというのだ。少しでもあの後ろ姿が頭を掠めた自分が恥ずかしい。

「あ、そういや昨日影山が家たずねてきてたぞ」
「へっ」







(2014/11/22)