影山ちゃんに内緒インターハイ予選を見に行った。影山ちゃんと中学が同じということは、かの及川とも同じ中学ということで、影山ちゃんと知り合いならば自然と及川との接点もできた。
 初めて見た高校三年生の及川は相変わらずだったけれど、さすが主将とでも言おうか、あの及川にも風格はあった。そんな及川とは逆に、影山ちゃんは余裕がない場面があったりしてはらはらした。
 結果は及川のいる青葉城西の勝ち。烏野の負けが決まった瞬間、あんな顔をした影山ちゃんなんて初めて見た。きっと今日は声をかけない方がいい―――さすがの私もそう悟ってその日は一人でとぼとぼ帰った。

 そんな次の日だ。いつものように自販機で影山ちゃんに遭遇したのは。正しくは遭遇できるように待ち伏せしていた、なのだが。正直、何を話せばいいかまでは考えてなかった。だからとりあえず挨拶する。

「お疲れ、影山ちゃん」
「……っス」

 明らかに元気がない。先にイチゴ・オレを買っていた私は、パックにストローを刺す。たった今買ったかのように。そして影山ちゃんが100円玉を自販機に投入し、牛乳のボタンを押すそのタイミングで、私は言った。

「試合見に行ったよ」

 ガコン。牛乳が出て来た音がした。けれど影山ちゃんはボタンを押した体勢のまま動かない。落ちて来たいつもの牛乳を取り出そうとしない。
 やっぱりこの話題に触れるのはNGだったか。でもきっとここで立ち止まっていたら影山ちゃんは前には進めない。まだあと二年生、三年生とチャンスのある影山ちゃんは、少しでも足を止めてはいけないのだ。及川を見て一層、そう思った。

「烏野は強いね」
「…でも負けました」
「負けイコール弱いじゃないでしょ」
「先輩に何が分かるんですか!」

 頭に血ののぼったらしい影山ちゃんは、勢いで私の胸倉を掴んできた。
 それは別に構わない。これくらいで怯える先輩様ではないのだ。しかしまさかここまでされるとは思わず、つい手に持っていたイチゴ・オレを落としてしまった。じわりじわりとストローと刺し口の間から中身が漏れ出し、その甘い香りが微かに鼻に届く。
 勿体ない。けれど影山ちゃんのガス抜きのためだ。こうやって一回爆発しておけば、後で冷静になれる時間はきっとできる。

「弱いから負けたんじゃない。強さが足りなかったんだよ」
「それのどこが違うんって言うんだ!」
「全然違う。影山ちゃんは強い。間違いなく強い。だって、諦めなかったでしょう」

 諦めるのは弱いからだと、前に部活の先輩に言われたことがある。私は今もその言葉を信じているし、その通りだと思う。だから、誰一人試合を諦めなかった烏野は強い。部外者の私だけど、胸を張って言える。

「まだまだ強くなれるよ、影山ちゃん。そんで及川泣かせちゃえ」

 そう言っていつものように笑いかけると、私の制服を掴み上げていた手の力が緩む。私は無駄になってしまったイチゴ・オレのパックを拾い、自販機の隣に設置されているごみ箱に捨てた。その間も、影山ちゃんは微動だにしない。代わりに自販機から牛乳を取り出すと、影山ちゃんの大きな右手を取ってその上に牛乳のパックを乗せた。それでもなお、私とは視線が合わない。私では、今の影山ちゃんをどうにかするには力不足ということだ。

「嫌でも部活は続くんだからね。強くならなきゃ負けた意味がないよ」

 それだけ最後に言って、私は影山ちゃんに背を向けた。どこまで影山ちゃんに言葉が届いているかは分からない。
 結局は私も“諦めた弱い人間”の一人だから、私の言葉なんてこれっぽっちも響かなかったのかも知れない。




弱くなんてない


(2014/09/23)