自分の頭と体とが別々のように感じる時がある。これ以上はだめだよ、という頭。いいじゃんもっとやれば、という体。結局頭の方が負けて、私の手はいつだって彼に向って伸びてしまう。

「影山ちゃん今日も悩んでるのー!?」

 自販機の前でいつものように難しい顔をする影山ちゃんの背中をばしんと叩く。あーあ、また触っちゃった。けれど私が色んな葛藤をしていることなんて知る由もない可愛い後輩は、「全力で叩くのやめて下さい…」と恨みがましさたっぷりの顔で私を振り返る。いや、元々こんな顔か。
 後輩をからかう私は演技をしている。本当は、やろうと思えばその胸倉を掴んでキスの一つや二つ奪っちゃうくらいの度胸はあるのだ。それでもしないのは、どう考えてもこの後輩が私を“そういう”対象として見ていないからだ。彼にとって私は“中学の時からやたら絡んで来る先輩”程度。

「毎日交代で買えば良いじゃない。変な所で悩むなあ」
「先輩には関係ないじゃないですか」

 あ、今のは結構キた。軽口のつもりで言ったのだろうが、結構ぐさりと刺さる。こういう時に思うのだ。私って思った以上に影山ちゃんが好きなんだなって。二つも年下なのに。大人の二歳差とこの時期の二歳差はとても大きいと思う。だって、私がこうして影山ちゃんとなんの理由もなく毎日会えるのはあと一年も残っていないのだ。
 抜けない敬語、知らない内に引かれている線。それでも好きだ好きだと心は叫ぶ。多分、この間のことだって影山ちゃんはいつもの私の冗談くらいにしか思っていないだろう。本当に好きなんだけどなあ。

「また先輩が買ってくれるなら別ですけど」
「調子に乗んな影山ちゃんめ」

 背伸びをして額の真ん中にデコピンをくらわす。けれど私の力なんて知れているようで、さほど痛そうな様子は見せない。悔しいな、と思いながら結局百円玉を自販機に入れて、牛乳のボタンを押す。出て来た牛乳を手渡しながら、「次はないからね」と言ってやる。
 ああもう、今日は二回も触ってしまった。だめだよ、という頭に逆らいながら。




だめだよ


(2014/08/21)