ガタンゴトン、心地の良い揺れが続く。いつもは一人で乗る電車も、毎週月曜日だけは二人だ。私の隣にもう一人がいる。部活の忙しい英くんとは週に一度、部活が休みの日だけ一緒に下校するチャンスがある。あまり口数の多い方ではないから、いつも彼は聞き役で、私ばかりが話を振っているのだけれど。
 今日はそんな貴重な月曜日で、いつもの電車に二人で乗っていた。途中で寄り道をしたからか、この中途半端な時間帯にはあまり学生は乗っていない。空いている座席もぱらぱらとある中、私と彼はぴたりとくっついて座っていた。西日が後頭部を照らしてじりじりと熱い。ふと隣を見てみると、静かだと思っていたら英くんはこくりこくりと舟を漕いでいた。頭が揺れて、長めの前髪がさらりと落ちて来る。夕日のせいで髪はオレンジに反射した。

(部活、大変なんだろうなあ…)

 月曜日以外は基本的に練習が遅くまであり、強豪と言われているうちならきっと、練習内容も厳しいものに違いない。その中で、一年生ながらレギュラーの座にいる英くんは本当にすごいのだと思う。運動部に所属したことのない私には想像することしかできないけれども。
 確かに他の子たちのようにたくさんデートしたり、たくさんメールや電話をしたりはできない。けれど週に一度だからこそ、この時間を大事にできるし、何より試合で活躍する彼はかっこいいからそれでいいのだ。
 しかし、普段から割と脱力系で気が付くと休み時間は机に突っ伏して寝ているとはいえ、こんな所でまで無防備に居眠りをする英くんは初めて見た。私と帰る日はこんな風に電車の中で居眠りをしたことはなかったのだ(欠伸をする所は何度も見たことがあるけれど)。英くんの寝顔は意外と幼く見えて、その可愛さについ頬が緩む。
膝の上に放り出された英くんの手。起きませんようにと願いながら、その上にそっと自分の手を重ねてみる。

「なに…」

 すると、何秒も経たない内に彼は起きてしまった。警戒していないようだったから触れてみたのだが、やはり気付かれてしまうらしい。親しい人間以外を近くに寄せ付けたがらない彼が、人に触れられて起きないはずがなかった。他人に触られた時の嫌がりようは非常にあからさまなため、今現在の様子を見る限りでは、私の行為は彼の機嫌を損ねたわけではないようだ。

、今…」
「ごめんね、つい」

 言いながら、ぱっと手を離す。ちょっとした出来心でやってしまったため、いつまでも手を重ねている理由などない。行く先を失った手は、少しばかり彷徨った後、自分の鞄を抱きかかえるに至った。
 私にしては随分積極的な事をしたと思う。普段は自分から手を繋ぐなんてことはしないのに、彼が寝ていると思ってつい油断してしまった。彼に触れられたことがない訳ではないけれど、彼もそうそう直接私に触りたがる様子もない。だから、人に触られるのは嫌かと思い、私から触れに行くことは今日まで一度もなかったのだ。そう、一度も。
 機嫌を損ねた風ではないけれど、やはり嫌だったのかも知れない―――そう思うとやはり寂しい思いが込み上げて来る。まだ私は英くんに彼女として100%認められたわけではないのかも知れない、“一応”彼女名だけで、と。気弱な事を考えながら、小さく溜め息をついた。すると、彼は私の手を強引に弾いて立ち上がった。

「え?」
「次、降りる駅なんだけど」
「う、うん…知ってるけど…」
「なに?」
「手…」

 私の手、握っていていいのかな―――すっかり臆病になった心は、そんな不安を作りだす。ここは電車の中、人の目があるのだ。もしかしたら偶然クラスメートが乗り合わせているかも知れない、先輩に見られているかも知れない。隠している仲ではないけれど、からかうのが好きな人たちに捕まりでもしたら、そういうのが嫌いな英くんは今度こそ私に触ってくれなくなるのではないか。人に色々と聞かれることさえ酷く嫌がると言うのに。
 俯いた私に、上から声が降って来る。

「さっき」
「…うん」
「手、離す理由なんかなかっただろ」

 そう彼が言った瞬間、電車は止まりドアが開く。電車を降りて、ドアが閉じてしまって歩き出しても、私と英くんの手は繋がれたまま。繋ぐと言うよりは、握って引っ張られていると形容した方がきっと正しいが、細かいことはどうでもいい。一体どういう風の吹き回しだろうか。けれど声をかけようにもかけられない。私よりずっと歩幅の広い彼の足は、私の歩くスピードなどお構いなしにどんどん改札へと向かう。
 名前を呼びたくて、でも息が切れかかっていて呼べなくて。なんとか覗き見ることのできた彼の横顔。それは、西日に照らされたみたいに赤かった。







(2015/01/01 国見×電車で居眠り)